HOT TOPICS
~甘美さと切なさを、極限まで描いた作品~
デボラ・コルカー二度目の来日である。前回作品『ROTA』は舞台上で小ぶりの観 覧車のような物を使う体操的な作品だったが、今回は映画『昼顔』をモチーフにした、グッとオトナの物語性あふれる深みのある作品である。
品の良さそうな女性達がトゥシューズで踊る冒頭では、いきなり引き込まれる。端正なシーンだが、これは『昼顔』。身体をもてあました上流階級のマダム達が昼間限定の娼婦となる話である。だから上品な見た目とは裏腹に、すでにしてここは娼館なのだ。
美しく厳格なバレエの規律性と相反する背徳感が、精密な動きの中で渦巻いていく。この美しいシーンで流れるのが変態デビッド・リンチ監督映画『エレファントマン』の曲なのだ。どんなに美しく見えても、ここにいるのは「異形の者達」なのである。
主人公はマゾヒスティックな妄想に駆られている。それが奔放な「もう一人の自分」として実体化する。当初それは白い布で隠されているが、脱ぎ捨てて躍り出ると、もう止めることはできない。後半は、そういう快楽が暴走した饗宴の場となる。巨大なライトスタンドはポールダンスの台へと変貌し、欲望の塊として登場する男達は不気味な白い仮面をつけ、ビザールなショウが展開される。
ここで目を引くのは、舞台全体に白い幕が張られたシーンだ。布には柔軟性があり、後ろから男女のダンサーの身体を密着させて引っ張ると、くっきりと人型に身体の線が浮かび上がる。それまで「欲望を隠していた白い布」によって、かえって生々しく男女の肉体が浮かび上がってくるのだ。
人は誰しも「溢れ出そうな欲望」を、理性で押しとどめている。しかし押しとどめたがゆえに、かえって耐えがたいほどの欲望が膨張してしまうこともあるのだ。その甘美さと切なさを、極限まで描いた作品だった。
〈2015年10月31日 KAAT芸術劇場 / 文・乗越たかお 〉
【作家・ヤサぐれ舞踊評論家/乗越たかお】
株式会社ジャパン・ダンス・プラグ代表。06年にNYジャパン・ソサエティの招聘で滞米研究。07年イタリア『ジャポネ・ダンツァ』の日本側ディレクター。世界のフェスティバルを巡り、日本各地へ出かけ、最先端のダンスを探り、つなぐ。『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』(作品社)、『どうせダンスなんか観ないんだろ!? 激録コンテンポラリー・ダンス』(NTT出版)、『ダンス・バイブル』(河出書房新社)他著書多数。現在、月刊誌Danzaで『誰も踊ってはならぬ』を連載中。
●公式ブログ
http://www.nori54.com/