ページの先頭です。

INTERVIEW

浅川紫織Asakawa Shiori

Kバレエ カンパニー・プリンシパル

「作品を活かせる存在になりたい」

Kバレエ カンパニー入団から14年目を迎える、同カンパニー・プリンシパルの浅川紫織。容姿端麗さはもとより、安定したスキルと力量に定評がある。柔らかく華やかなオーラを放つその存在感は、ダンサーとしての素質を充分に兼ね備えた逸材だ。長きに渡りトップの座で輝き続けるバレリーナに、入団当時の秘話やバレエへの熱い思いなどについて語ってもらった。

 海外のバレエ団に入団するべくオーディション活動をしていた10代後半頃、偶然の重なりでKバレエ カンパニー芸術監督の熊川哲也と出会う。

突然叶った夢

 その2001年当時、浅川はイングリッシュ・ナショナル・バレエスクール(ENB)に留学でイギリスに滞在中。もちろん熊川哲也の名前は知っており、イギリスでも著名なダンサーとして広く認識されていた。
「ディレクター(熊川)が海外のバレエ学校にちょうどいらしていて、たまたまお会いしたんです。制作中の『白鳥の湖』のキャストを探しているということで、出てみないかというお話を頂きました。
 その頃、日本で活動するという気持ちはそのときはあまり持っていなかったのですが、ディレクターの熱い気持ちが伝わって、お話を聞いているうちに、付いていきたいと思ったんです。『入団しないか』と聞かれ、『入団します』と即答しました。直感です」
 
 「プロのバレリーナになる目標」が18歳で突然叶った瞬間だった。
「物心ついたころには、プロのバレリーナを目指す以外の進路の選択はありませんでした。中学校入学後に『バレリーナになるので部活には入りません』と、先生に伝えに行ったことを覚えています(笑)」

 「DVDを擦り切れるぐらい観た」という、その頃からの憧れのダンサーは、ダーシー・バッセル、ヴィヴィアナ・デュランテ、シルヴィ・ギエムなどの世界的バレリーナたち。その一人のヴィヴィアナ・デュランテと近い将来同じ舞台に立つことになるとは、その当時想像できなかっただろう。

 これまでのダンサー人生で、どうしても忘れられない公演は、意外にも主演の舞台ではないという。
「入団してはじめて出演した『白鳥の湖』の初日です」
 中学生の頃からの憧れのデュランテと熊川主演の2004年の舞台である。

「これまでに聴いたこともない大音量の喝采でした。私はそのとき18歳でコール・ド・バレエでの出演だったのですが、その一員だという感動がいまでも忘れられないです。ディレクターってすごい!と改めて実感しました。朝10時から夜までリハーサルが続いたこともありましたので、その初日の成功は、一番強烈な記憶として残っています」

すべてを受け止める

 その後、2006年9月ジュニア・ソリスト、2007年9月ソリスト、12月ファースト・ソリスト、2008年12月プリンシパル・ソリストと順調に階級を上げてゆく。が、ここで思わぬアクシデントに遭遇する。
 2012年の『真夏の夜の夢』のリハーサル中の出来事だった。
「4歳からバレエのない生活を経験したことがなかったので、バレエはあって当然のものでした。それがいきなり怪我で出来なくなってしまいました。最初はその現実を受け入れられませんでした」

 怪我の状況は想像以上に深刻であったという。医者から『もう踊らない方がいいよ』と言われるほどの重症を負う。その当時の心境をこう語る。
「復帰することが当然と思っていましたし、踊らないほうがいいと言われても『やってみないとわからない』と。『お医者さんはバレエのことよく知らないでしょ』と内心思い、忠告をそのまま受け止めなかったのが、深刻になりすぎずに逆に良かったかもしれないです(笑)。 自分で頑張って踊ってみて、出来なかったらそのときに考えようと決めました」

 とはいえ、ダンサーにとっての怪我は辛く重い。
「怪我をしてしまうとまず舞台に復帰する前に、レッスンに復帰する必要があります。まず筋力を戻すことからはじめ、他の団員と違うメニューが与えられます。コーチングクラスでバレエミストレスと一緒に普段のレッスンの10倍ぐらいをこなしました」
 
 強い忍耐力と精神力の甲斐もあって、自分が主演するはずだった2012年の『ドン・キホーテ』の舞台でドルシネア姫として出演。
「熊川版のドルシネア姫は舞台上を歩く役なのですが、舞台後方から見るカンパニーの公演をはじめて経験しました。こういう風に見えるんだと新鮮でした」

 怪我を経験して得られたことも大きかった。
「それまで、ゆっくりバレエに向き合う時間を今まで持っていなかったことに気づきました。役をこなすのに精いっぱいで、立ち止まる時間がありませんでした。
 怪我する前は自分のことに精一杯だったので、任される役の大きさへのプレッシャーの毎日でした。でもまったく踊れなくなってしまったときに、周りのダンサーの取り組み方や踊り方、クラスの進め方を見て、こういう風に進んでいくんだ、こういう表現方法があるんだと周りが見えてなかったことに気づかされました」

 そしてついに、2013年3月の『シンデレラ』で完全復帰を遂げる。怪我を乗り越えての飛躍を認められ、2014年1月プリンシパルに昇格。2016年7月には、『アルルの女』で熊川と久々に共演する機会を得る。ローラン・プティの代表作の一つとして知られるビゼーの楽曲を用いた名作で、青年のフレデリが、ヴィヴェットという婚約者の女性がいながら見知らぬ女性に心を奪われてしまい、日に日に正気を失ってゆく、というフランスの短編小説を元にしている。

「改めてディレクターの本番の集中力と、観客の視線を全部自分に集めるという気迫を感じました。共演しながら、私は今すごい空間にいる、ヴィヴェットを演じているんだと実感しながら踊りました」

 舞台後の感動はひとしおだったのではないだろうか。
「どちらかというと悔しかったですね。ディレクターのカーテンコールを見て、この領域がスターなんだなと感じました。また、そういうお客さん目線で見てしまっている自分がまだまだだと痛感しました。感無量の舞台というところまでは中々いきませんね」

 ダンサーとしての自身の強みを聞いてみると、
「根性があるところ。メンタルは負けないようにしています。身体の不調でも、どんなに身体が痛くても自分ができることをします。身体の痛みがないダンサーは羨ましいと思いますが、この身体が自分と思って受け入れています」

役をどう生きるか

 そして、5月と6月には『海賊』と『ジゼル』で主演する。本公演のパートナーであるプリンシパル・宮尾俊太郎の魅力は?
「パートナーとして、絶対に不安にさせない、不安にさせることを言わないですね。
入団してからずっと一緒に成長してきたダンサーなのですが、とても努力家で絶対的な安心感があります。
 ダンサーとしても人を惹きつける魅力があります。派手なジャンプなどしなくても人を惹きつけられるのは、持って生まれた素質だと思います」

 ジゼルとメドーラを踊ることの難しさについて、
「メドーラは、じつは彼女の背景があまりよく描かれていないんです。彼女の出自も分からない。熊川版の設定に『美しい姉妹』というのがあり、終盤に首領コンラッドと結ばれるのですが、それ以外は特に描写がなく、役柄がつかみづらいのはあります。それでも、説得力のある踊りを見せないといけません。
 奴隷商人に囚われてしまってから、コンラッドとの恋が芽生えてという、心情の移り変わりをすべて踊りでみせる、そこが難しいですね」

 そういう場合は、芸術監督に質問したりするのだろうか。
「はじめての役は、まずなんでも自分で調べます。それでも本当にわからなかったらディレクターに聞く場合もありますが、その前に自分で解釈して、こういうメドーラにしようと自分の表現を見せます。その自分の踊りを見せて、解釈が違っていたら修正します」
 
 一方の『ジゼル』は2013年に初デビュー、本公演で2度目の主演となる。初めて主演したときの印象はどうだったのだろうか。
「踊りのスキルもそうですが、表現力がより求められます。初日の幕が上がる前に、ステップの順番を何度も頭の中で反芻していたのですが、舞台の幕が上がったら自然にジゼルになれました。
 2幕の場面では、本当に自分はウィリ(森の精霊)になったという感覚に陥りました。たぶん、演技をするっていう感覚を持ってもいけないんだろうなと思います。演技をするという思いが残っていると、何かの拍子で素に戻ってしまうのではないでしょうか。
 そのものになっている必要がある。ジゼルをどう生きるかです」

 ジゼルへの思いはとりわけ強い。
「もう一度ジゼルを踊らないとバレリーナを辞められないと思っていました。バレエダンサーが体験しなくてはならない世界だと思います。もう1度踊りたいと願っていたので、6月の舞台がすごく楽しみです」

 これからの展望について、どんな思いを抱いているのだろうか。
「以前は、自分に注目してほしいという欲はありましたが、最近は、作品を活かせる存在になれたら、と思います。自分を観てほしいという気持ちはもちろん大事なことだと思いますが、自分を見せたいという欲求より、バレエをもっと知ってもらいたい。みんなに観てほしいという思いが強くなりました。
 バレエを習う人が増えたらいいなと。バレエが活性化することを願っています」

 

C) Takao Sakai

C) Takao Sakai

 

==プロフィール==

長野県生まれ。4歳よりバレエを始める。2001年、ローザンヌ国際バレエ・コンクール セミファイナリスト。同年、イングリッシュ・ナショナル・バレエスクールに留学。2003年4月、Kバレエ カンパニーに入団。2006年9月ジュニア・ソリスト、2007年9月ソリスト、12月ファースト・ソリスト、2008年12月プリンシパル・ソリスト、2014年1月プリンシパルに昇格。Kバレエ スクール ティーチャーズ・トレーニングコース修了。同校にて教師を務める。

公演情報

Tetsuya Kumakawa K-BALLET COMPANY Spring Tour2017『海賊』
2017年5/24(水)~28(日)Bunkamura オーチャードホール
2017年6/10(土)フェスティバルホール
2017年6/17(土)レクザムホール(香川県県民ホール)※完売

Tetsuya Kumakawa K-BALLET COMPANY Spring Tou2017『ジゼル』
2017年6/23(金)~25(日)東京文化会館 大ホール
http://www.k-ballet.co.jp/company