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INTERVIEW

清水健太Kenta Shimizu

ロサンゼルスバレエ団プリンシパル

「古典に限らず、コンテンポラリーにも出演したい」

日本での初舞台なった、2007年のKバレエ ダンスカンパニー『ドン・キホーテ』の主演バジル役で華々しく登場し、軽々と舞う高いジャンプとしなやかな身のこなしは、たちまちバレエファンを虜にした。その後、ロサンゼルスバレエ団の芸術監督からスカウトされ、2009年からゲストプリンシパルとして契約を結び、以降は日本と米国を行き来する多忙なダンスライフをおくる。プロとして歩み出したきっかけやプライベートな一面も語ってくれた。

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 「これまではひとつのカンパニーで活動してきましたが、ロスでゲストプリンシパルとして踊って、日本ではフリーランスとして自由に活動できている。アメリカではシビアな世界で勝負できる場も与えられて、いいとこ取りできていると思います(笑)」

新鮮な舞台との出合い

 ゲストプリンシパルとして8年近く経つが、その中で特に印象に残っている舞台はあるだろうか?
「僕は、好きとか得意分野とか決めないようにしています。なんでもできているようにしたい。でもその中でも今年3月に主演させてもらった『放蕩息子』は、すごく新鮮だった」
 本作は1930年代のバレエリュスの作品で、父親と息子がモチーフとなっている。父親との確執で家出した放蕩息子は、自堕落な生活を送り無一文になり戻ってくるが、父親は息子を許し和解するという物語。

「10代のときの新しい役を踊りたくて仕方ない、無我夢中で楽しみたいという感覚が鮮明に浮き上がった舞台でした。踊り手というより、演者としての楽しみ方の方が多かった。30歳を超えてあんなにワクワクする舞台はすごく新鮮でした」

  バランシンの後継者としても知名度が高いパトリシア・ニアリーとのリハーサルも忘れられない時間の一つと語るが、本作のどんなところに惹かれたのだろうか?

「1時間にも満たない作品に、全幕の濃さが詰まっているところですね。幕が開いてから終わるまで成長させてくれる作品だった。出演させてもらえたのはとても光栄なことです」

 ロスで舞台があるときは、家族と離れて一人暮らしの生活となるが、意外な趣味を語ってくれた。
「ワイン飲みながら料理を作るのは楽しいですね。アメリカではパスタや簡単な一品を作ります。パスタ系はレパートリーが結構豊富なので家族も喜んでくれます(笑)。ミネストローネスープは水を使わず作るこだわりレシピがあるんです」
 驚くことに、舞台本番後でも自宅で気分転換に料理するという。「ただ単に好きなんです(笑)」。

 日本では今年6月に〈横浜バレエフェスティバル〉で『ジゼル』と、8月の日本バレエ協会の〈全国合同バレエの夕べ〉で『コッペリア』に出演。今年で3回目を迎えた〈横浜バレエフェスティバル2017〉のゲストダンサーとして定着しつつあり、昨年に続き倉永美沙(ボストン・バレエ団 プリンシパル)と共演。『ジゼル』のパ・ド・ドゥではふたりの磐石なパートナシップで観客を魅了した。

「美沙ちゃんは12歳のころから注目を浴びている天才少女で、共通の知り合いはたくさんいるのにこれまで機会がなくて、去年はじめて共演したんです。今年、『美沙さんと踊ってください』と依頼があったときは、『ついに来たか!』という嬉しさがありました」

 〈横浜バレエフェスティバル〉は、国内外から実力派ダンサーが集結し、古典からコンテンポラリーまで様々なプログラムを揃えている。
 「他のキャストたちの最終リハーサル日が、僕たちの最初のリハーサルだったので、みんなからは『いつリハに入っていたの?』と驚かれたのですが、実際は1日だけの踊り合わせでした。去年の〈横浜バレエフェスティバル〉の『くるみ割り人形』の初共演のときも、今年の『ジゼル』もそうですが、たった一度の踊り合わせでもしっくりくる。パートナーとしてこれだけしっくりくる感覚は稀です」
 「指先から爪先まで神経が行き届いた踊り」と絶賛する倉永との共演を、来年もぜひ期待したい。

 人生を変えた瞬間 

 バレエを習いはじめたきっかけはなんだったのだろう。
「姉が習っていたこともあり、10歳からバレエを習い始めたのですが、姉が借りてきたバレエのデオテープをたまたま観たときから、はじめて自分でやりたいと思いました」

 それまで、プロの男性ダンサーを見たことがなかったので衝撃的だったという。
「バリシニコフさんや熊川哲也さんを見て、すごい、こんなことができるんだ!と感動しました。どんなスポーツよりも、特別カッコ良かった。『ローザンヌのコンクールに通ったらプロになれるんだよ』とは聞いていましたが、まだはじめた頃はプロへの意識はなかったと思います。それが中学生になって急に身長が伸びたこともあって、14歳ぐらいのときに、ローザンヌ出たいなと漠然と思うようになりました」

 10歳からはじめてまだ4年しか経っていないものの、「テクニックを習得することを苦に感じたことはなく、苦労はしませんでした。スポーツは万能だった」という卓越した運動能力を持つ。しかし、天才タイプではないという。
 「僕は努力家です。努力が好きですね(笑)。努力できる強さがプロには必要だと思います」

 その努力が実を結ぶときが訪れる。
「高校に進学する前に、どうしてもローザンヌ国際バレエ・コンクールに出たいと思い、2000年に16歳で出場しました。国内のコンクールではガチガチに緊張して実力が出せなくて終わっていたのが、ローザンヌのコンクールはとてもリラックスした状態で受けられました。
 日本の出場者のみんなと一緒に移動するので、修学旅行っぽい雰囲気で楽しんで望めたのが良かったみたいです。朝のレッスンに寝坊して遅刻しそうになったり、夜は遊びに出かけたり、2週間の滞在を満喫しました」

 そして気になる結果を待ち望んだ。
「夜12時過ぎになっても連絡が来なかったので、準決勝の結果発表のときは緊張しました」
 初出場で、スカラーシップ賞とコンテンポラリー賞のダブル受賞を果たす。
「自信はなかったのですが、決勝に進んでいく過程で審査員たちの顔を見て、落とされる気がしなかった。怖いもの知らずでした(笑)」

知られざる二十歳の試練

 プロ以降のターニングポイントを挙げるとすると?
「ひとつはローザンヌ国際バレエ・コンクール。ふたつめは17歳のとき。それまでスムーズに進んでこられたので怪我をして『どうしよう、困った!』という感覚をはじめて体験しました。半年かかって完治した頃に、マイアミ・シティ・バレエ団の芸術監督にスカウトされ、そこで4年間踊りました」
 
 2002年に入団し、ソリストから2年を経てジュニア・プリンシパルに昇格。
「日本人と外国人の違いを痛切に感じましたね。マイアミのバレエ団では、『自分を出すのをなぜそんなに恥ずかしがっているの?』という感覚なので、アーティストとして出してもいいんだ。表現しなくてはいけないんだという意識に変わりました。
 22歳のときに、プリンシパルのオファーをもらったのですが、半月板を痛めて、ワンシーズン丸まる踊れない状態が続きました。7,8カ月間ぐらいだったと思いますが、踊るための復帰に近道はないんです」

 じつは、マイアミのバレエ団に所属している期間に、Kバレエ カンパニー芸術監督の熊川哲也からバレエ団への勧誘があったという。
「20歳のときだったのですが、ソリストに昇格したばかりだったので、まだ海外で頑張りたいという気持ちもあって、そのときはお断りしたんです。でも『日本に帰国するときには連絡してくれよ』と言葉をかけていただいたので、連絡してみようかなと」

 そのときはまだ若干23歳。『来シーズーンから踊ってよ』との期待に応え、日本での舞台出演の機会を得る。しかしながら、マイアミ滞在中に、人知れず困難な時期を過ごしたことがあった。
「じつは、母親が不慮の事故に遭い、仕事が出来なくなってしまったんです。20歳のときでした。僕が基盤となり家族を支えざるを得ない状況になりましたが、負けられないという思いの方が強かった。同年代の男の子たちよりしっかり見られていたのは、そういうことがあったからなのかもしれません」

 そういった大変な時期を乗り越え、2007年にKバレエ カンパニーに入団。その年にプリンシパルに昇格する活躍を遂げる。その中でもサー・アンソニー・ダウエルとの共演は忘れられないと振り返る。同カンパニーでの初舞台となった『ドン・キホーテ』で、ダウエルがガマーシュに出演。
「僕にとっての大スターです。舞台で共演することなんてないと思っていたので感激でした。舞台の空気の創り方、ジェントルマンらしさを見ると、なんてカッコいいんだろう。男がカッコいいと思う男です。カッコつけてないカッコ良さ」
 プロのダンサーを目指したころは、「テクニシャンのカッコ良さとカリスマ性」に憧れたというが、30歳を超えた今では見方も変わってきたという。
「僕が目指すダンサーは、舞台創りができ、パートナーの良さを引き出しつつ舞台の流れを把握できる人。このダンサーがいたから素敵な舞台だったんだと感じられる存在です」

 その他に憧れているダンサーは?
「ダンスノーブルでいえば、マルセロ・ゴメス。サポートがめちゃくちゃ上手ですし、ヨハン・コボーも特にパ・ド・ドゥにこだわるダンサーなので、手つきを見ただけで『ハ~』と溜め息です」

 そして、来る8月は東京と兵庫で〈アーティスティックバレエガラ 〜世界各国トップバレエダンサーによる夢の競演〜〉に客演する。自らが指名し初共演となる木村綾乃(ワシントン・バレエ・カンパニー)は、後輩にあたる。
「とてもチャーミングで、人間味が出るダンサー。雰囲気やパートナーとのセッションをすごく大事に考えるダンサーなので、楽しみにしています」

 今後のダンサーとしての夢を語ってもらおう。
「良いパートナーに出会いたい、良い作品に出合いたい。良い出会いは自分を成長させてくれます。僕のことをノーブル系と認識してくれているひとが多いようなのですが(笑)、踊るジャンルは決めていないので、古典バレエに限らずコンテンポラリーにも出演したいですね」

 

C) Takao Sakai

C) Takao Sakai

==プロフィール==

ワレリー・コフトン、宗田静子、原田高博、夏山周久らに師事。2000年英国ロイヤル・バレエ学校に留学。02年マイアミ・シティ・バレエ団入団、04年ソリスト、06年プリンシパル・ソリストに昇格。 07年Kバレエカンパニー『ドン・キホーテ』にゲスト主演後、ジュニア・プリンシパルとして入団、同年プリンシパルに昇格。09年から米国ロサンゼルスバレエ団のゲストプリンシパルとして『くるみ割り人形』『ジゼル』『白鳥の湖』などに主演。2000年ローザンヌ国際バレエ・コンクールのスカラーシップ賞・コンテンポラリー賞受賞。02年札幌開催のユース・アメリカ・グランプリ1位、同年ニューヨーク開催の本戦にて銀賞受賞。

 

公演情報

〈アーティスティックバレエガラ 〜世界各国トップバレエダンサーによる夢の競演〜〉
2017年8/11(祝・金)NHKホール
http://www.nhk-sc.or.jp/nhk_hall/
2017年8/19(土)兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
http://www1.gcenter-hyogo.jp/contents_parts/ConcertDetail.aspx?kid=4296110804&sid=0000000001