ページの先頭です。

INTERVIEW

橋本直樹Hashimoto Naoki

バレエダンサー

「ずっと楽しくバレエを踊りたい」

モスクワのボリショイ・バレエアカデミー、国立バレエ・モスクワのソリスト、K-BALLET COMPANYのソリストを経て、2013年からフリーのバレエダンサーとして活躍中の橋本直樹。昨今の舞台は、東京プリンスホテルでの真矢ミキのディナーショーにダンサーで出演、シャンブルウェスト『くるみ割り人形』の王子、Chacott主催のバレエ『プリンセス』でシンデレラの王子役に出演するなど、様々な舞台で声がかかる多忙の毎日を送っている。

 そして次の舞台は、日本バレエ協会主催の『ライモンダ』で主演が決定している。幼年期からこれまでのバレエ人生とプライベートライフまでをじっくり語って頂いた。

気が付けば、いつもそばにあった 

 もともとは左利きの野球少年。小学校4年生からはじめ、ファーストかピッチャー、外野を任されほぼ1番を打っていたという花形選手。その同時期に、姉のバレエ教室の送り迎えでいっしょに連れられていた教室の先生から「いっしょに来ているんだから踊ってみれば」と誘われ、6歳から何気なく通い始めた。
 はじめたころは、『ずっと“床掃除”をしていた』という、いわゆる床の上をゴロゴロ寝転がっていただけだったという。
「それでも辞めなかったのは身体を動かすことが好きだったからだと思います。野球と違う筋肉の使い方ができるということもあったかもしれない。女の子の中に男の子ひとりでも違和感がなかった。
 小学生の男の子がでバレエを習っているというと、周囲は『えー!』という反応がかえってくるんですが、それが嫌とか恥ずかしいという気持ちより、僕はすごいことをしているんだ!という感覚で、なぜかポジティブに考えられちゃったみたいです(笑)」

 そのポジティブマインドは、海を越えてロシアまで波及する。
「ボリショイ・バレエアカデミーでは、2カ月に1回はバレエ学校公演があり、それに毎回出演させてもらっていました。朝から夕方までびっちりレッスンとリハーサル、そしてロシア語の勉強。ほかのバレエ仲間はみんなでいっしょに夕食したり、楽しそうだったのでいいなぁと羨ましかった。今思えば贅沢な話なんですけどね」

 その後、国立バレエ・モスクワのソリストとして充実した3年間を過ごす。
「23,24歳ごろだったんですけど、寝なくても踊れる時期でしたね。もう毎日楽しくて」

 一番印象に残る思い出は?
「海外公演ツアーは楽しかったですね。シベリア鉄道でずっと横断しながら回ったり。南アフリカにも訪れたのですが、旅の日程も入れて2週間で1日3公演という日もありました。ガラ公演で、1日15演目ぐらい踊るんです。そのときはまったく苦ではなかったです。面白かったですね」

 このポジティブマインドは、現在にいたるまで続いている。
「バレエを辞めたいと思うことは一度もないです。ただ、毎朝プリエから一日がスタートすることが、しんどくなった時期があって(笑)。バレエ留学時代から毎日みっちりレッスンしていたので、たぶん完全燃焼したのかな。
 でもバレエに関して苦労はしていないと思います。骨盤をもっと開いてと注意されたとか、ポジションを作るのにも四苦八苦したり、すごいきつかったという記憶がないんです。周りのダンサーに、脚がまっすぐでいいねと言われます。
 憧れでバレエをスタートさせたわけでなく、目標がなくやってきてしまった感があります。こんなダンサーになってみたいとか、コンクールで1位取りたいというのもなかった。ただ単に運動神経が良かっただけでここまで来てしまったのかなと」

 まさに天才肌で羨ましい限りだが、「僕はテクニック的なものがずば抜けているわけではない」と謙虚さが滲む。
「僕は人が好きなんです。踊りたい演目が特にあるわけでない。そのためにバレエをやっているわけでないから。なぜ踊っているかというと楽しいから。それだけです。大人らしく考えられないのかもしれない(笑)」

 一方で、プロのダンサーにはそれだけでは不足と語る。
「観察能力が必要ですね。まず眼で見て自分の身体でコピーしなくてはいけない。運動神経が良くてもできないんです。見てても見てるだけでなく、先生が何を言いたいのか、それを理解できて身体で表現できるかだと思います」

あれがなかったら今の僕はなかった

 Kバレエカンパニーにファースト・アーティストとして入団後の半年間でソリストに昇格というスピード出世を遂げるが、2017年の5月にある大事件が起きる。同カンパニー芸術監督兼プリンシパル・熊川哲也の本番中の怪我。橋本は『海賊』のアリ役で二幕から急遽出演することになった。
「あの経験がなければ、スタートしてないですね」
 入団のファーストシーズン中の大役は、想像以上の日々だった。
「毎日極度の緊張感とプレッシャーで寝付けなかった。お酒を呑んで寝ようとしても全然眠れなくて。熊川さんの代役は苦しかった。お客さんの半分は代役頑張ってという温かい応援ともう半分は厳しい目線。それを客席から感じました。
 もう毎日必死で、絶対にやり遂げなきゃという思いが強かった。熊川さんは杖をつきながら毎回舞台をしっかり観ててくれました」

 その過酷な幸運はダンサーとしての急成長をもたらした。
「熊川さんにリハーサルを見てもらって、日々上達していることが実感できました。人に見せる動きができるようになる。アクセントの付け方、どうすれば迫力が出せるか。あの経験があったから今の僕がある」

 無事にすべての公演を終え、待っていたのは取材依頼の嵐、だけではなかった。
「舞台終演後の3週間ぐらいはずっと、1週間で4,5本は取材を受けていたと思います」

 6月で舞台を終えた直後の7月に膝前十字靱帯破損。バレエではじめの怪我だった。
「いままで必死に努力した経験がなかったので、コツコツやる自信がなくて。リハビリって毎日頑張らないといけないじゃないですか(笑)」
 主役を踊れるまで完治するのに約1年半を要した。
「怪我してなかったらあのパートを踊れていたのかな、と思いながら舞台を観るのは辛かったです。復帰まで2,3回ぐらい心が折れそうになりました。ダンサーってたぶん数値の感覚に弱いじゃないですか(笑)。身体の感覚ではかなり回復している手ごたえが感じられるのに、装置で測ってみると全然変わっていない。ものすごく落ち込んで帰ったのを覚えています」
 熊川芸術監督と隣でいっしょにリハビリしたことも懐かしいと振り返る。

 「舞台復帰するにあたって、熊川さんが『どうしたい?』と聞いてくれて、優しいですよね。小さなパートから少しづつ復帰させてもらいました」

趣味はバレエ

  「じつは趣味がないんです(笑)。いまだに趣味がバレエだと思っているんです。だから頑張れているのかもしれない。好きだから踊っている。贅沢だと思います」
 ではオフの過ごし方はというと?
「子どもと遊びます。子育てが楽しくて」
 4月には2児のパパになる。
「楽しみが一つ増えます。また楽しくなっちゃうな。保育園の送り迎えが楽しいんです」
 保育園のママ達の間では大きな話題になっていたらしい。
「あそこのうちの旦那さんはどんな仕事をしているんだろう。子どもを朝送って夕方も来る。夜のお仕事なのか、お店を経営しているのか結構悩んでいたみたいで(笑)。僕は、みんながイメージするバレエダンサーと全然違っていたらしく、ここ数年間で一番の衝撃的ニュースらしいです(笑)。みんなバレエを観に行きたいと言ってくれて、嬉しいですね」

 公私ともにパートナーであるバレエダンサーの松岡梨絵とは、Kバレエカンパニーで出会った。
「メイド・イン・ジャパンオンリーで、あそこまでのレベルの高さはすごいと思います。エキゾチックな雰囲気を持っていると思いますね」

 始めて同じ舞台に立ったときのことは覚えていないという。
「パートナーとしてちゃんと組んだのは『海賊』の代役のとき。でも一切記憶にないんですよね、毎日必死過ぎて(笑)。フリーになってからはいっしょの舞台に立つ機会もありますが、一度も衝突したことはないですね」

 面白いのは、舞台に挑む二人のアプローチ方法がまったく違う点だ。
「僕と真逆ですね。本番が始まるまで、ポアントの状態、振付、マイムなど、とにかくすべてをチェックしています。僕はしないです。楽屋で本番前まで寝ます。1回すっきりしたいんですよね。時間があれば1時間ぐらい平気で寝るときもあります」

 では本番前までの準備はというと?
「イメージをしないでリハーサルに挑むタイプです。DVDも観ないですね。それが答えになってしまうのが嫌なんです。先入観ができちゃうような気がして。自分でイチから役を創った方が楽しくないですか?最終的にすべて楽しい方を選んじゃいます(笑)」

 そんな直観力に秀でたダンサーの次なる舞台は、日本バレエ協会主催の『ライモンダ』。
 2017年の同協会の『バヤデール』では、長田佳世のさよなら公演となった記念すべき舞台でソロル役で共演。終焉の美を飾った舞台直後の長田に、バレエ協会から生花が贈呈される感動的なシーンで幕を閉じた。

 同協会の公演に4年連続しての主演となるが、次の『ライモンダ』では下村由理恵の相手役、騎士ジャン・ド・ブリエンヌに抜擢・初役となる。
「由理恵さんと古典の全幕作品での共演は初めてになります。まだ1回目のリハーサルですが、僕のサポートが必要ないくらい、しっかり立っていてくれるし、邪魔にならないサポートを考えています。僕は由理恵さんが踊りやすい方に支えるだけ。フレンドリーに話してくれますし、とても踊りやすいです。しっかりリハーサルをすれば、絶対に良い舞台ができるという感覚があります」

 リハーサルで組んでみての印象は?
「まったく違うレベルのダンサーだと思います。センターに立っているだけで存在感があって、そしてとても可愛らしい。可愛い表現力って難しいと思うんですが、さりげない。ポアントで走っても全然音がしない。僕はあんな風に到達できないと思います。そんな方と踊れるのは有り難いし贅沢です。
 由理恵さんは大人の雰囲気を出してくれると思うので、それに負けないような大人の色気を出したい」

 今後の夢はというと、非常にシンプルそして力強い。
「主演で踊れなくなったときのために準備した方がいいかもと考えているのですが、ちょっとした役も好きなんです。とにかく楽しくずっとバレエを踊りたい」

 

C)RYO OHWADA

C)RYO OHWADA

==プロフィール==

6歳より矢沢バレエスクールにてバレエを始める。 1998年ボリショイバレエ学校5年生に編入、2001年同校を卒業。2002年国立バレエ・モスクワにソリストとして入団。2006年9月Kバレエカンパニーに入団。2007年ソリスト、2009年ファーストソリストに昇格。 2013年以降はフリーとして様々な舞台で主演等を務める。2001年NBA全国舞踊コンクール コンテンポラリーの部2位、同部門スペシャルテクニック賞。 2002年NBA全国舞踊コンクール シニアの部第1位受賞。

公演情報

日本バレエ協会『ライモンダ』
2018年3/10(土)、11(日)東京文化会館 大ホール
http://www.j-b-a.or.jp/stages/2018tomin-fest_raymonda/

※橋本は10(土)に出演