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INTERVIEW

加賀谷香Kagaya Kaori

ダンサー・振付家

「ダンスに向き合い続けていきたい」

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 次なる創作・出演舞台となる<ICHIBANGAI – Dance Studio第3回公演>についても語ってくれた。

人生のターニングポイント

 “ダンサーとして生きてゆく”意思を早い時期から持っていたということだが、きっかけとなった出来事はあるのだろうか?
「職業としてダンサーを意識したことはないですね。短大の舞踊科在学中にフィットネスインストラクターの内定をもらっていたのが、卒業間際になって教授から単位が足りないと伝えられ、内定が取り消しになってしまい短大を辞めました(笑)」
 しかしそのトラブルが、かえって飛躍させる結果になったのだから人生面白い。
「アルバイトをしながらダンスのお稽古を続ける日々が始まりました。あのとき普通に就職していたら、今こうやって踊っていなかっただろうと思います。むしろ教授に感謝しています」

 モダンダンスが、ダンスにはじめて触れたきっかけとなった。
「幼いころ身体が弱かったこともあって、母親から進められて近所の教室に通ったのがはじまりだったんですが、それからダンスを辞めようと思ったことは一度もないです。でも毎日が楽しいというよりは、目の前にあることに必死に取り組んだという感覚ですね。師匠以外に憧れるダンサーもいなかったので、夢を見ない子だったのかもしれません(笑)。
 ダンスで生活をしていくということを想像したことはなかった。先のことを描いていなかったと思います」

 ダンスをやっていなかったら、スポーツ選手になっていたかもしれないというぐらい
運動神経は幼いころから抜群だった。
「身体を動かすことが好きでしたね。プロのダンサーになろうときっかけというのは特になかったと思います。そもそも何を持ってプロというのかはっきりしない世界ですよね。どこからがプロという意識はなかったんですが、ダンス以外に興味はなかった。とは言いつつダンスだけでは生活できない日々が続いていたのですが、ある人と出会ってから人生が一変しました」

 まさに人生のターニングポイントが30歳で訪れる。
「毎日アルバイトをしながらお稽古をする日々を送っていたんですが、いつまでこういう生活をしてゆくんだろうと感じていた時期でもありました。そんなとき、ショーレストランを何店舗も経営している人から仕事の依頼を頂きました」
 先輩ダンサーからその男性を紹介されたことがきっかけだった。
「ショーの振付をする依頼で、1回限りと思っていたのですが、その後もお仕事を頂き、ダンスの活動を全面的に応援してくださるようになりました。その同じ時期に、スタジオからの講師の依頼も舞い込むようになり、ダンスだけで生きてゆける生活に急展開しました。数年前に他界されたのですが、その方との出会いは大きかったです」 

ある音楽家の言葉

 様々なジャンルのダンスがある中で、コンテンポラリーダンスに落ち着いた理由は?
「20代からジャズダンスを習いはじめたのですが、その頃はコンテンポラリーダンスというジャンルは日本にはまだなかったんです。ジャズを踊っている間に、ストリートダンス、コンテンポラリーダンスとだんだんと細分化されていった時代でした。基盤がモダンダンスにあったので、これでもとに戻れると感じたんです」
 もとに戻れるとは?
「『あなたの個性はなんだ、自分をさらけ出しなさい、もっと自分を出しなさい』というアプローチがじつは苦手で(笑)、とても違和感があったんです。私にとってのダンスは、自分を披露するための手段ではなく、そのものの追及にある感じ。
 踊りとはむしろ、どんどん自分から遠ざかる、自意識が消えていていって、そこにダンスだけが残る感覚です。自分がなくなってゆくことにしっくりきます」

 これまでの数多い舞台のなかでも忘れられない作品はなんだろうか?
「自作のソロ『パレードの馬』ですね。大きな作品を創作してみないかという依頼を頂き、技術的に追い込む振付は、最後になるかもしれないと思いながらチャレンジした作品です。肉体的にシビアな作品で、自分で作ったくせにあまりの恐怖に大変な思いをしました」
 その渾身の作品は高評を得て2009年度の江口隆哉賞受賞、再演も行われた。
恐怖を感じるほどの舞台とは?
「自分の性質的に、追い込んだ先にこそ光があるのではないかと思って、恐怖を感じるまで自分を追い込んで創りました。その恐怖を乗り越えたら次が見えるのかなという心理と、技量的にシビアな振付にしたので、本番で本当に踊りこなせるのかという恐れと闘いました。あの年齢のあの瞬間にしか創造し得ない作品だと思います」

 ダンサーとしての自己分析も明瞭である。
「自分を好きに表現してくださいというシチュエーションがとても苦手で、人前で話すことも得意ではない。自分の良さは状況に対して突き詰めてゆくこと、きっとそういうところにしかないと。それこそが自分の特性だと最近になってやっと腑に落ちてきました。
 自分を打ち出していかなければいけないことに、長年違和感を覚えていること自体が、ダンサーとしてネガティブな要素かもしれない。私はダンスそのものに出合い魅了されたんだと思います」

 自身を見つめる眼はシビアだが、これまでの受賞歴、トップダンサーたちとのコラボ作品の数々、コンテンポラリーダンスファンで加賀谷香を知らない人はいない。同業のダンス界だけでなく、ある音楽家も加賀谷を“内面の空間が広がるダンサー” と称賛する。

ある詩との出合い

  そして次なる舞台は、5月18日(金)、19日(土)に開催される<ICHIBANGAI – Dance Studio第3回公演>。6人の振付家・ダンサー(坂本登喜彦・二見一幸・加賀谷香・柳本雅寛・金田あゆ子・佐藤洋介)たちがそれぞれ新作を発表。

 加賀谷の新作はどんな舞台になるのだろう?
「詩人の谷川俊太郎の『除名』からインスピレーションを感じて創作したいと思いました。色々なものを除いていくとみんな同じ“命”だけが残るという詩。まさに私がずっと感じていた思想で、『名を除いても 人間は残る 人間を除いても思想は残る…』 人として普遍的なテーマが匂ったらいいなと思っています」

 創作過程はどんな感じなのだろうか?
「いつもは順を追って構築していくことが多いですが、個をなくしていくということに着想を得ているので、逆に個性を追求してみようというアプローチをとっています。内的意識からどのように動きに変換し発信できるのか、ということを考えてダンサーを選びました」
 出演者は、オーディションに合格したダンサーと加賀谷とで計11名となる。
「音楽は、テーマとしてではない抽象的な音楽や言葉の羅列で言葉の意味をなくしてゆく音楽…など色々模索中です。楽しみにしていてください」

 ダンサー・振付家としての今後の野望をシェアして頂きたい。
「自分には野心という言葉がまったく思い当たらず(笑)、でも自分自身に未来は感じています。どんなテーマ、どんなシチュエーションであっても自分にとってのダンスはいつもそこにあるので不安はまったくないです。ダンスに向き合い続けていきたい。自分の踊りを見つめてゆきたいと思います」

 

C)RYO OHWADA

C)RYO OHWADA

==プロフィール==

幼少よりモダンダンスを藤井信子、川村泉の元で学び、以降ジャンルを超えた数々の作品に主要ダンサーとして客演、海外公演にも多数参加。2001年よりDance-SHANを主宰して創作活動を行う一方、都内数ヶ所のダンススタジオに於いて長年講師を務めるなど、後進の育成にも力を注ぐ。新国立劇場主催公演のソロダンス『パレードの馬』では第27回江口隆哉賞、近松DANCE『エゴイズム』では第6回日本ダンスフォーラム賞受賞。両作品共に好評を博して再演。2018年日本初演ミュージカル『マタ・ハリ』の振付を担当。東京新聞主催 全国舞踊コンクール 第75回より審査員。異ジャンルアーティストとのコラボレーションなども積極的に展開中。全国舞踊コンクール第一位・文部大臣奨励賞などコンクールでの受賞多数。

公演情報

<ICHIBANGAI – Dance Studio第3回公演>
2018年5/18(金)、19(土) 彩の国さいたま芸術劇場大ホール
http://studio1b.jp/news/20180311201814.html