ページの先頭です。

INTERVIEW

東山義久Higashiyama Yoshihisa

ダンスアクター

『Let's go for it!』

大学在学中の1998年にミュージカル『Shocking Shopping』で初舞台を踏み、2003年にDIAMOND☆DOGSを設立。以降、ダンス・芝居・コンサートなど様々なジャンルの舞台に出演し、多方面で活躍中の東山義久。ダンススキルは大学のダンスサークル以外はほぼ独自で習得したという類まれなセンスの持ち主。年始恒例の自身の筆による書初めは、玄人レベルの躍動感溢れる筆さばきで、生まれ持ったアーティスト気質を思わせる。

 home_mainimage01_sp

 DIAMOND☆DOGS 15周年『DRAMTIC MUSICAL COLLECTION2018』を最後にDIAMOND☆DOGSとしての活動に充電期間を設け、さらに飛躍を目指す東山に、DIAMOND☆DOGSへの想いと今後のステージについて語ってもらった。

未来は突然、想像を超えて

 まず、大学在学中に舞台デビューを果たしたということが、どういう経緯なのだろうか?
「大学4年のとき、『こういう舞台があるんだけどやってみないか?』とダンスサークル先輩の知人がダンサーを探しているということで声をかけられたのがきっかけです。それまでまったく舞台を経験したことがなかったので、試しにやってみるかという軽い気持ちで(笑)」

 そしてリハーサルに参加し、そのまま舞台に出演することとなった。「その舞台で色々な方たちと知り合い、ダンサーはどういう活動をしているのかを体感し、教わっていくうちに、舞台をやってみたいと思いが募ってきました」
 卒業後の進路を決めかねていたところに、これまで選択肢のなかった新しい扉が突然目の前に現れたのだから、これ以上ないタイミングといえる。

「でも全然知らない世界だったので、これからどうなるか想像がつかない。両親に3年間だけ時間がほしいとお願いをして、それから先のことを考えようと思いました」

 初舞台から出演機会も増え、2005年には東宝ミュージカル『レ・ミゼラブル』のアンジョルラス役として抜擢される。のちに、この舞台がターニングポイントになったと語っているが、他に挙げるとすれば?
「たくさんあるんですけど、26歳で全員ジャンルが違う5人のダンサーと、ヴォーカル2名のエンターテイメントユニットDIAMOND☆DOGSを立ち上げたことが大きいですね」
 リーダーとしてメンバーを率いる立場となるが、当初構想していた形とは異なってきたという。

 「僕は舞台への入り口がダンスだったので、最初はダンスを中心にやっていこうと思っていたんですが、色々なダンスのジャンルを勉強したり、歌を教わっているうちに、オールマイティになろうという気持ちが強くなってきました。様々なジャンルのメンバーがいるDIAMOND☆DOGSだからこそ、色々な自分の可能性を試せるのではないかと」
 多種多様なメンバーだからこそ、ステージの構想は無限に広がるのだろう。その中でも忘れられない記憶に残る舞台はなんだろうか。

 「やはりDIAMOND☆DOGS初演の舞台『未完成』が一番印象に強く残っています。2003年の博品館劇場だったんですが、あのときのメンバーの中の2人は、D☆Dを卒業後、いまも第一線で活躍しています」
 そのメンバーとは、島地保武と辻本知彦。コンテンポラリーダンス界で知らない人はいないトップクラスのダンサーである。
 「皆にとっても新しい挑戦だったので、意見のぶつかり合いをしながらなんとか形にしていった感じでしたね。今井雅之さんの演出・監修のもと、自分たちで振付したのですが、舞台に出演すること自体がはじめてのキャストもいて、手探りの状態でした。今井さんは必ず本番前に『Let’s go for it!(やってやろう)』ってみんなで掛け声を合わせて舞台に出るんですが、今井さんから教えていただいたことが、いまでも僕の核になっています」

新たな可能性の挑戦

 その他で大きな変革をもたらしたといえる舞台は?
「すべてが新しい挑戦だったのですが、あえて挙げるなら『ニジンスキー』ですね。26歳までダンス中心の舞台に出演していたので、”ダンスアクト”という役者とダンサーがひとつの舞台を作るのは初めての経験で、主演させてもらった中ではとても深い作品だったと思います」

 バレエ界に革命を起こした19世紀の実在の人物ニジンスキーを演じる上での重圧は大きかったのではないだろうか。
「僕がバレエダンサーではないので、逆に良かったのかもしれないですね。バレエダンサーとしての重圧を感じることはなかったので。これは僕の解釈ですが、ニジンスキーが偉大になったのは、29歳で精神に異常をきたしまったことでさらに美化された存在になったのではないかと、役作りをしていく上で感じました」
 バレエ界の外に身を置いていることで、冷静な視点で人物像を創り上げていったことが上手く作用したのだろう。

「ニジンスキーの『薔薇の精』をどう表現するか、僕は僕なりに踊ろうと人物像を創っていきました。ニジンスキーを表現したわけでなく、僕が演じたからあのニジンスキーになった、そう思っています」
 伝説的ダンサーに物怖じせず正面から立ち向かっていけるところに、表現者・東山義久の自信と覚悟がみえる。実際、凄みを感じさせるほどの踊りと特有のオーラに、並々ならぬアーティストとしての可能性を強く印象付けた舞台だった。

「ダンサーの可能性を広げたい自分に対する気持ちと、後輩たちにダンサーの可能性を示したい二つの思いがありました」
 本舞台がまたひとつの転機になったことは間違いない。2010年の『宝塚BOYS』では台本の読み方から演劇の基礎などを教わり役者としての基盤も固め、2014年には姓を超越した『サロメ』を演じた舞台で大きな注目を浴び、再演も果たしている。
 「たとえば森山未來さんなどは、ダンサーまた俳優としてジャンルを超えて活躍されていますが、僕も表現者として闘ってきたというか、舞台人としてジャンル分けをせずに挑戦し続けてきたつもりです」
 これまで自身を奮い立たせてくれた言葉があるという。

  「2016年に『BOLERO2016 ~モザイクの夢~』を上演したのですが、12年越しの約束が叶った舞台となりました。島地くんと辻本くん、ふたりはDIAMOND☆DOGSの創設メンバーだったのですが、別の道を歩むことになったときに「またいっしょに踊ろうな。そのステージを用意しておいてくれよ」と別れたんです。その言葉をかけてもらわなかったら、ここまでやれてこられなかったかもしれない。彼らと僕のスリートップの構成で踊らせてもらったのは大きかったです」

 もっとも影響を与えられた人物も聞いてみたい。
「ダンサーだったら森山開次さんかな。大学を卒業してすぐ出会った人が開次さんだったのですが、彼もダンススキルを必死に習得している最中で、ふたりで『牧神の午後』をモチーフに徹夜で振付したことを覚えています」
 特に刺激されたのはどういった部分だろう?
「彼の表現力とセンス、考え方ですね。たとえば、稽古の後ふたりで夜空の月を見上げているとき、開次さんが『あれ(月)は穴が開いていると思う。向こうには光の世界があって、それをラマズエラ(造語)と僕は名づけた』って言うんですよ。その舞台は数年後に実現するんですけど、僕はかっこ良く踊ることをひたすら考えていたので、彼はアーティストだなと思いましたね。ぶっ飛んでいるなと(笑)」

DIAMOND☆DOGSの夢の先

 そしていよいよDIAMOND☆DOGS15周年ファイナルの締めくくりとして『DRAMTIC MUSICAL COLLECTION2018』が6月27日から7月4日まで博品館にて開催される。

 「この1年間、15周年アニバーサリーシリーズ作品を上演してきて、この作品でラストとなりますが、アニバーサリー作品の一つ一つがD☆D15年の集大成になっています。DMCは今回で4回目の企画になりますが、DIAMOND☆DOGSのメンバーとゲストキャスト4人でのミュージカルコンサートになります」
 今回でDIAMOND☆DOGSはいったん活動休止となるが、その決断に至った経緯は?

 「これまで15年間走り続けた中で、発信していくことにかなりの勢力を注いできたと思います。毎年劇場だけで4本、ディナーショウも2本、海外遠征もあり、スケジュールに追われる日々が多くなってきました。
 ファンが待っているからその期待に応えたい、その思いが先行して、ずっとこれまで全力疾走してきた感じなのですが、エネルギーは無限ではない。なので、これまでやってきたことをメンバーそれぞれが振り返る休止期間に使いながら、もう1回やろう!というときに新しくスタートできるまでの充電期間にしたいと思っています」

 リーダーとしてメンバーを率いながら、主演としても舞台に立ち続けた。
「センターで踊らなくてはいけないシーンも多かったのですが、そのための時間を確保するのがかなり厳しかったですね。真ん中に立つなら自分の時間を作ってちゃんと表現していかなくてはならない。これからはそういう時間を作っていきたいと思います」
 今後はどのような方向性を歩んでいくのだろうか?

 「DIAMOND☆DOGSの夢の先には、メンバーそれぞれの舞台人生は続くし、僕自身も創っていく。7分の1のメンバーとして、15年間続けてきて表現方法を学んだと思うし、どこまで自分を表現できるか追及していってほしいし、追及してゆきたい。ただ、一番大事なのは、僕たちはこれからもDIAMOND☆DOGSであるということに変わりはない。いままでやってきたことを、ほかの舞台でもメンバーの誇りを見せつけてもらいたい」
 多彩なゲストダンサーたちと踊る『BOLERO』シリーズも、今後継続してゆく意向だ。

「いまがダンサーとしては一番いい成熟期かもしれませんが、いつまでもできるわけでない。これからは踊る場所を自分で創っていかなくてはいけないし、『BOLERO』もその一つ」
 2017年4月には『エジソン最後の発明』のストレートプレイで役者として舞台に立った。

 「僕としてはジャンル分けをしているつもりはないんですが、あの作品に出演させてもらったことでダンスが上手くなった感覚があります。歌も以前より感情を歌詞に乗せることができるようになったと思います」
 2010年『宝塚BOYS』以降、久々の役者出演となった。

 「セリフの句読点にどういう意味があるのかとか色々考えたりして。たとえば、ト書きに”怒る”とあって、この怒りをどう表現するのか。”ありがとう”という言葉ひとつとっても、心からの言葉と上辺だけの言葉とでは全然違いますよね。本心からの”ありがとう”ってどういう風に言うべきなんだろうとか、研究しました。
 その一言で役者のキャラクタが変わってくるし、その表現力がダンスにも活きてくる。今後も機会があれば、芝居の世界をもっと咀嚼してみたいですね(笑)」

 自身を「ダンサーではない」と公言しているが、”東山義久”をそもそもジャンル分けする必要はない。彼が踊ればダンサーになるし、セリフを喋れば俳優となる”舞台人”なのだから。そのストレートプレイ集団で強い刺激を受けた人がいる。
「村井國夫さんの立ち方、セリフの捉え方、いで立ちに圧倒されました。心が震えるほど感動を覚えて、すごい刺激を受けました。村井さんの眼が嘘をついていないんですよね。射抜くような強い眼差しで、向かってきてくださる。その強いエネルギーを受けて、稽古場以上の力が本番で出るんです。僕も村井さんのような舞台人でありたいと思います」

 そして次なる舞台は、『マクベス~眠りを殺した男~』で主演マクベスを演じ、フラメンコ界の巨匠・小島章司と初共演する。
「演出家が求める人物像を通して、マクベスを表現したいと思います。僕は今回フラメンコを踊るシーンはないのですが、小島さんが運命の役でフラメンコダンサー達とともに踊ります。和楽器、尺八、ドラムとスパニッシュ音楽の融合で新しい感覚を体感して頂けると思います。楽しみにしていてください」

 

C)RYO OHWADA

C)RYO OHWADA

 

==プロフィール==

1998年ミュージカル「Shocking Shopping」で初舞台。以後、舞台を中心にTV・CM・映画等に出演。2003年春、自らを中心とするEntertainment Unit “DIAMOND☆DOGS”を始動、リーダーとして出演の他、舞台構成・総合演出も手掛ける。2005年からは東宝ミュージカル「レ・ミゼラブル」にアンジョルラス役として出演。2008年には芸能生活10年の集大成としてのミュージカルショー「D~永遠という名の神話」に初主演するなど、多方面に活動の幅を広げている。

公演情報

Dramatic super dance theater「Flamenco マクベス~眠りを殺した男~」
2018年5/23(水)~27(日)シアター1010
http://www.t1010.jp/html/calender/2018/346/index.html

<DRAMATIC MUSICAL COLLECTION 2018>
2018年6/27(水) ~ 7/4(水)博品館劇場
http://theater.hakuhinkan.co.jp/pr_2018_06_27.html