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INTERVIEW

森下真樹Morishita Maki

ダンサー・振付家

「音そのものになりたい」

「面白いことへの追求がダンスだった」と語る自然体のダンサー・振付家の森下真樹。舞台上で喋りながら踊ったり、BOXティッシュと対峙したりと、多種多様なスタイルを生み出し続けているが、会社員からダンサーになった数少ない逸材でもある。様々なダンサーや異分野のアーティストのコラボも重ねているが、「ついつい真樹ちゃんに巻き込まれちゃったよ」と色々な人を巻き込んでいく人間的魅力に溢れている。

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 そんな特長が顕著に現れた公演が、2017年12月に初演された「ベートーヴェン交響曲第5番『運命』全楽章を踊る~4人の振付家が1人のダンサーの身体を通して描きだす『運命』~」。そして、初演からわずか半年後の2018年6月に、生ピアノ演奏での再演が決定。初演の舞台裏エピソードと再演への思いなど、身体を使いながら情熱的にインタビューに応じてくれた。そんな特長が顕著に現れた公演が、2017年12月に初演された「ベートーヴェン交響曲第5番『運命』全楽章を踊る~4人の振付家が1人のダンサーの身体を通して描きだす『運命』~」。 
 2018年6月には、初演からわずか半年後に公演開催が決定。初演の舞台裏エピソードと再演への思いなど、身体を使いながら情熱的にインタビューに応じてくれた。

踊りはコミュニケーションの一部

 会社員をしながら、ダンスカンパニーで活動するようになったきっかけは?
 「25歳ぐらいでOLを辞めました。大学在学からOL時代にかけて、伊藤キムさんや白井剛さんらのカンパニーでダンサーとして出演していましたが、OLを辞めたからには自分の作品を創ろうと。自作のソロデビューが27歳でした。その時は創りたいというより創らなきゃと思ったんですよね。『創ってしまえ!』という感覚に近かったかもしれないです。

 そもそものダンスとの出合いは、まったく意図していないものだった。幼いころは転勤族だったという環境が踊りに導いたというのだから面白い。
「友達を作るために、身体を使ったあそびを開発し、『ねーねー、こういうのやってみない?』『うん、面白いね!』という感じで気を惹いて友達をゲットしていました。今思えば、みんなと繋がるための身体を使ったコミュニケーションをしていたのではないかと思います」

 自分では踊っているつもりはなく、そもそも「ダンス」というものを知らなかったのだが、同級生の女の子から「ダンスしているみたいね」と言われた言葉が、頭の片隅にずっと残っていたらしい。高校生で創作ダンス部に入部したのも必然なのだろう。
「それでこの前、ワークショップをしていて気づいたんですが、『あれ、幼いときにやっていたことと同じことをしている!』って(笑)」

 子供のころの遊びがさらに発展し、高校では創作ダンス(モダンダンス)を学び、大学では「Study of Live works 発条ト(バネト)」というカンパニーを白井剛らと活動を開始。バーレッスンを教えた後輩とのことで、いま面白いと思ったことを一緒に路上でパフォーマンスしたりもしていた。
 「でも、ダンスで食べていこうとは全く思っていなかったです。大学に入り、ダンスでも色々なダンスがあることを知り、興味のあるワークショップに参加したりして。OLを始めてからもバネトの仲間と創作活動は続き、そのうち海外公演の機会が増えました。1週間の有給で何度か海外ツアーしましたが、1ヶ月のツアーとなったとき、もう有給とれない…この波に乗ってしまえ〜と思い切って辞表を出しました(笑)。その時の私にとっては大きな決断でしたが、先のことはあまり考えていませんでした。

 伊藤キムさんの舞台をはじめて観て衝撃を受けました。そもそもソロ作品を観ることがはじめてだったと思います。『ナルシスの変貌』という孔雀の羽を使った作品で、観たことのない動きでインパクトがあり全てが新鮮でした。あぁ、こういう独自のダンスもあるんだな。綺麗に揃ってみせるだけがダンスじゃない、もっと自由に色々なことができるんだな、色々な表現があっていいんだなと思わせてくれたキムさんの影響は強く受けていると思います。

 バネトの仲間たちの自由な発想にも強く影響を受けていると思います。ソロへの転向は、もっと自由に、今の自分にできることをやってみたいという想いが強くなってきたんだと思います」

踊る衝動

 「これ面白い!」と突き進んできたことが、いつの間にか“コンテンポラリーダンス”と呼ばれていた…るものだったと語るが、惹かれる理由をあえて挙げるとすればなんだろう。
 「型がなく自由なところ。それによって、森下真樹は正体不明と言われることもよくあります。アナウンサー?歌手?女優?芸人?ダンサー?って…ジャンル分けをしているつもりはないのですが、一応ダンスです(笑)。芝居だったら台本、音楽だったら楽譜、自分のやっている表現にはそれがない…縛りがないのであらゆる可能性を感じます。が、自由の不自由とも言えます」

 しかし一方で、振付には、それとは逆のアプローチをしているのが興味深い。「音楽に負けたくない」という思いについても伺ってみた。
 「創作はまず型を探すところからはじまり、見つける。そして、どうやったらその型を壊せるか…ということをやっているような感じです。音に関しては『結局、音には敵わない…』と思ってしまう。どんな振付でも最後は音に演出される、支配されてしまうもどかしさがあります。自分の空間に音が侵入してきて、空間全てを音で埋められてしまい、自分のペースを崩されてしまうような感覚になることもあります」

 無音で舞踊を創作する機会も多いというが、どんな感覚で振付をしているのだろうか。
「まっさらな空間にどう身体を立ち上げ埋めていくか…それは動きというよりも、『音』なのかもしれない。動きが音となって『音楽』をつくっている感じ。身体や動きが、音そのものになりたい。音とのかかわり方は常にテーマとしてあります。なぜその音楽で踊るのか…身体がその音楽を越えないうちは、音楽の印象だけで終わってしまう。つまんない。身体がその音楽を越えた時に、その音楽で踊る必然を感じる」

 ソロとして始動したときの「創らなきゃ」といった衝動に変化はあるのだろうか?
「作品を『創りたい』という想いの方が強くなってきています。30代は、ただがむしゃらにやってきて、いま、後ろを振り返ってみると、沢山のおもちゃ箱がひっくり返っている感じです。40代はそのおもちゃ箱の中からもっと深めていきたいものを選んでさらに追求していきたいという想いがあります。

 10代、20代の時は『踊りたい!』という気持ちのまま、いつでもどこでも踊っていたような気がしますが、40代になって人の目が少し気になってきました…今はもう少し冷静になったのかな、当たり前か!(笑)」

『運命』的な出合い

 これまで様々なステージのスタイルを試みているが、特に忘れられない舞台を挙げるとしたらどの公演になるだろう?
「『運命』の楽曲でソロで踊るきっかけになった、市民ダンサーと地元の交響楽団で創る「オーケストラで踊ろう『運命』」の舞台です。2015年度に岐阜県は可児市文化創造センターの企画で行ったもので、9歳から77歳までの世代を越えた40名の方々たちに振付、演出させていただきました。私はその舞台で泣かされました。純粋に真っ直ぐ突き進む姿に胸を打たれました。『今度は、自分がソロでやってみよう』と」

 そして実現する2018年のベートーヴェン交響曲第5番『運命』。第1楽章から第4楽章まで、それぞれ4人に振付を依頼し、森下真樹が踊る斬新な企画で話題になった。しかしながら、4人の振付家(MIKIKO・森山未來・石川直樹・笠井叡)による作品という点で、統一感への恐れはなかったのでろうか?
「どんな振付や演出があっても、受けとめるカラダは同じこのカラダなので、なんとかなる!と(笑)。作品としてまとまるのかという不安は少しありましたが、一方で、まとまることがベストではないかもしれないという想いもありました。私は優柔不断で、なかなか決められないし、むしろギリギリまで決めたくないんです。決めて可能性を狭めてしまう前にできるだけ可能性を広げておきたいんです」

 写真家・石川直樹とのエピソードも面白い。
まず、写真家に「振付を依頼」するという大胆すぎる森下の発想に驚かされた人は少なくないだろう。石川は、一度は断ったものの、逆に、富士山へ登らないかと提案した。
「富士山には、もう二度と登りたくないぐらいしんどかった」と振り返るが、しかしまたネクストステージへ向けて旅をしてきたということで、どんなスパイスが加えられるのか楽しみだ。

 ひとりで運命を踊ってみたいという初演が実現した舞台直後は、どのような感情を抱いたのだろう。
「踊りきった達成感、疲労感、開放感がありました。これが実現したらもうダンスをやめても悔いはない…というくらいの意気込みで挑んだのですが、まだやめたくありません。むしろまだ終わっていなくて、もっと次の景色がみたい!という感情がわきました。4楽章を踊り終えたときの疲労感は半端なく、この体力を維持し続けるのも簡単なことではありませんが、この先が楽しみです」

  『運命』を踊った舞台の前と後での気づきや変化は?
「自分で振付をすると、無意識に身体をコントロールしてしまって限界を超えることがなかなかできないと思うんです。ですが今回は、身体が変わった感覚がありました。子供を産んで体質が変わるってこういうことかな?という感じで、限界の疲労感の先の開放感というか、4楽章を踊り終えると脱皮したかのように身体が変わって感じます」

 そして2018年6月には、初演からわずか半年後に再演が決定した。初演と異なる点は?
「初演はオーケストラの音源を使用しましたが、今回はピアノの生演奏です。オーケストラの楽曲を1台のピアノで表現するのですから、凄いです!今西泰彦さんのピアノは力強く、まるでベートーヴェンが憑依しています。ピアノとダンスの対峙の仕方は、『ぶつかる』だけでなく、『音がダンスを包み込む』や『ダンスが音を包み込む』といったシーンによって表情が変わると面白いなと思っています」

 ダンス活動以外にも、音楽ユニットlocolocode  l「ocolo code」でキーボードとヴォーカルも担当し、これまでに2枚のCDも出している多才な多彩なアーティストだが、今後の野望を伺ってみると、
「テレビ番組の『情熱大陸』に出演したいです!(笑)。この番組は様々な角度から人物を掘り下げているので自分だったらどうなるんだろうと想像が膨らみます。
私は九州で生まれ、親戚も100パーセント九州なのですが、遠隔地なのでなかなか生の舞台を観てもらえる機会がなく『真樹ちゃん本当にダンスしちょるん?どんなダンスしちょるん?』と聞かれます。『情熱大陸』で証明できたら嬉しいです(笑)」

 夢ではない次の企画もすでに持ち上がっている。
「じつは、ベートーヴェン交響曲第5番『運命』をフルオーケストラで踊る企画もあるんです。近い将来、きっと実現させます! 100人100様、ひとそれぞれの表現、こんな表現があってもいいよね?!こんなのあるけどどう?をこれからも発信していきたいです」

C)RYO OHWADA

C)RYO OHWADA

==プロフィール==

幼少期に転勤族に育ち転校先の友達作りで開発した遊びがダンスのルーツ。2003年ソロ活動を開始、以降10か国30都市以上でソロ作品を上演。近年は様々な分野のアーティストと積極的にコラボレーションを行う。2013年には現代美術家 束芋との作品『錆からでた実』を発表、第8回日本ダンスフォーラム賞を受賞。2016年には若手ダンサーと実験的な場を求め新カンパニー「森下スタンド」を発足。100人100様をモットーに幅広い世代へ向けたワークショップや作品づくりも盛んに行っている。

 

公演情報

<ベートーヴェン交響曲第5番『運命』全楽章を踊る>
2018年6月22日(金)~24日 (日)スパイラルホール
https://www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_2604.html