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INTERVIEW

小池ミモザMimoza Koike

モンテカルロ・バレエ団プリンシパル

「人生の選択肢はひとつではない」

15歳からフランスを拠点に活躍中のモナコ公国モンテカルロ・バレエ団プリンシパルの小池ミモザ。母が画家、父が建築家の両親を持ち幼いころからアーティスティックな環境に恵まれて育った。両親や知人が南フランスに在住していたこともあったが、活動拠点に選んだ大きな動機は背が高すぎることだった。176 センチのスラリとした長い手足とまっすぐな黒髪はひと際目を引く。

 来る8月25日(土)と26日(日)に開催される<JAPON dance project 2018 × 新国立劇場バレエ団>のリハーサルのため来日中のバレリーナに、これまでのダンスライフと今後の展望について語ってもらった。

やりたいことへの追求

 「強く思い続けてダンサーになったという感覚よりは、身長が176センチあるとダンサーとして日本で活動の場所を見つけるのはおそらく難しいだろうという事で、ダンスを続けるための手段としてリヨンに移ることになりました。
 まだ15歳ということもあり、大都市のパリよりリヨンの方が環境的にも良いこともあったと思います。そして、フランスに住むにはフランス語を習わなくちゃ……というように、やりたいことを続けていったらダンサーになっていたという感じかもしれません」
 
 そんな女の子がどのようにしてダンスに出合ったのだろう。
「まだ私が9か月ぐらいの立って歩くのがやっとという赤ちゃんのときに、部屋でかかっていた音楽に反応しておそろしいぐらいの勢いで踊り出したらしいんです。それを見た母親がこの子はダンスをやらせた方がいいんじゃないかとダンスクラスに通わせたのがきっかけでした」
 
 もともと運動神経は良い方で身体を動かすのも好きで、いつも外で遊んでいたという。球技とも相性が良く、野球、バスケ、サッカーも得意だったが、「短距離走はダメでしたね。足の回りが早くなかったみたいで(笑)」
 
 とはいえ、ダンサーに短距離走の得手不得手は必要ない。
1998年から2001年まで学んだフランス国立リヨン・コンセルヴァトワールで、首席で卒業するという栄光を手にし、同年にはグラン・テアトル・ド・ジュネーヴ・バレエに入団。
 
今振り返ってみても、やはり20、21歳の頃が一番大変だったと思います。シディ・ラルビ・シェルカウイの作品で主役に抜擢されたのが、ジャン=クリストフ・マイヨー芸術監督が主催する世界中のダンサーたちが出演するダンスフォーラム。8キロの重さの革スカートを身に着けてひたすら回り続けなければいけない。しかも生中継で失敗が許されない。はじめての主役のプレッシャーもあり大変でした」
 
 それに加え、数カ国に渡る海外ツアーが重なる超ハードスケジュールだった。
「ツアー中は当然時差や、慣れない食べ物から生じる不調もあり、健康管理をどうすべきかがまだ20、21歳の私には上手くマネージメントできなかった。全然休暇もなかったので、精神的にも肉体的にも辛かったですね」
 
 その無理を重ねたことが本番前の怪我につながってしまう。
「ろっ骨に繋がっている腹筋が剥がれてしまったんです。主役はもう無理だと諦めかけました」
 
 しかし、レッスン後も一人で居残り、本番に向けて邁進してきた日々が怪我に終わってしまうのはあまりにも悔しい。
 「両親に救われました。『本当に辛かったら辞めてもいいんだよ』と言ってくれて。すごく辛いときには「頑張りなさい」という言葉より、他にも選択肢があるという、自分で選べることが大事だと思います。選択肢がないという人生は一番辛いことだと思います。いつでも自分は他の道を選べる。それならもう少し頑張ってみようと思えました」
 
 幸運にも、怪我の状態もなんとかなりそうな気配もみせた。
「本来は怪我をおしての出演は避けた方が良いとは思いますが、結局は父親のアドバイスもありそのときは無理をしてでもチャレンジすることに意義があったんだと思います」
 
 そのときの厳しい経験が、さらに人間としてダンサーとして成長させるきっかけをもたらした。
「その経験以降も、色々な形の壁は存在しましたが、どうやって乗り超えられるだろうという不安感はあっても、絶対無理と感じたことはないですね」

プリンシパルへの自覚

 もっとも印象深い言葉を与えてくれたのは、同バレエ団で長きに渡りトップの座に君臨するミューズのベルニス・コピエテルスだった。
「10年ぐらい前の話になりますが、ベルニスとは仲が良くて、お姉さんみたいな存在でした。彼女のダンサーとしての引退が間近になってきたときにアドバイスしてくれたんです。『あなたは、レッスンでもみんなを引っ張っていかないといけない存在になるから舞台に出ている気持ちで毎日レッスンしなくてはいけないのよ』。
 その日から、もっと日々のレッスンに真剣に取り組むようになりました。今日は手をもっと大きく使ってみよう、爪先に気を付けようと、毎日課題を見つけて取り組みました。みんなの見本となるようなダンサーになること。それが自分の役目と自覚するようになりました」
 
 しかし、2010年にプリンシパルに昇格したのは、それ以上にさらなるダンサーとしての追求にあった。
 
「ベルニスの真似しても結局は彼女より上にいけないんですよね。自分の持っている個性を追求してマイヨーの作品のなかでどう生かせるか。私は日本では背が高すぎたけど、モナコで踊る場所を与えられた。そのなかで黒髪のエキゾチックなキャラクターを創ったり、自分に合うものを見つける。自分にしかできないポーズや動きは何かを色々試行錯誤しました」
 
 じつはミューズのベルニスも人知れず悩んでいたという。
「脚の付け根が内向きで、けっしてバレエ向きの脚ではでないと言っていたのですが、それを自分の強みにどう変えてゆくか、それが大事なんだと思います」
 
 その追求心はダンサーだけの領域に留まらず、2010年からモナコの『Le Logoscope (ロゴスコープ)』の舞台芸術部門・ディレクターを務め、モナコ公国よりシュバリエ文化功労賞を授与されている。20年前から設立された研究機関で様々なジャンルとアーティストたちとのパフォーマンスや発表の場を創造している。
 一昨年からは、ヴァイス・プレジデント(副社長)に赴任し、ますますクリエイティブな世界に邁進してゆく。
 「美術学校とのコラボで私が振付けた作品をル・ロゴスコープのプレジデントが興味を持ちこの芸術研究機関に参加する事になりました。様々なジャンルのアーティストたちとのコラボは楽しいですね。

 セルゲイ・ディアギレフの率いる《バレエ・リュス》が20世紀に活躍した本拠地がモナコだった。
「モナコは色々なアーティストが生まれた場所でもあります。去年からシャガール美術館でパフォーマンスを創る依頼があり、9月にはマチス美術館で開催されているピカソとマチスの展覧会で、2人をテーマにしたパフォーマンスを行います」
 
 その環境は、クリエイティブな発想にさらなる刺激を与えているに違いない。振付に興味を持ったきっかけは バレエ団の海外公演ツアー中のことだという。
 
「踊る場所の環境によって、自分が影響を受けていることを発見したんです。この場所面白い、ここいいなと感じた場所で、ビデオを置いて即興で踊って録画したり。イスタンブールの建物の屋上とか、日本の竹やぶの中とか、その場所の雰囲気によって今まで見たこともない動きが自然に自分の中から出てくるんですよ」

新たなるチャレンジ

 その自由な発想が、8月に迫った来日公演<JAPON dance project 2018 × 新国立劇場バレエ団>に思う存分発揮されることだろう。公演タイトル「Summer/Night/Dream」、いわゆる「真夏の夜の夢」。「今回はストーリー性があるものにチャレンジしてみたいという思いがみんなの中にあったんです」
 
 初演当初から核となるメンバーは、遠藤康行、柳本雅寛、児玉北斗、青木尚哉とミモザの5人。(今回の公演の出演は遠藤、柳本、ミモザの3名)2012年に発足した<JAPON dance project>は好評を得て、2014年から新国立劇場とタッグを組み、新国立劇場バレエ団ダンサーとのコラボを重ねている。
「『真夏の夜の夢』には不思議な縁を感じています。モナコで最初の役を頂いたのも、18歳でジュネーブで踊ったときもこの演目でした。モナコでもタイターニアを踊っていますが、今回は自分でクリエーションするので、まったく違うものになります。ストーリーがあるものをどう見せられるか色々試行錯誤していますが…。
 作品の中ですべてを説明しすぎるのではなく、観客の人たちに自由に発想できる部分を残して創作していきたいと思っています」
 
 ゲストダンサーには、服部有吉(元ハンブルクバレエ団)と津川友利江(元 カンパニー・プレルジョカージュ)。そして新国立劇場バレエ団からは、米沢唯、渡邊峻郁、池田理沙子、奥田花純、柴山紗帆、渡辺与布、飯野萌子、川口藍、益田裕子、原田舞子の総勢10名。
「唯ちゃんとは数回共演しているのですが、常にダンスに真剣に向き合っていて、本当に心からダンスを愛しているダンサー。彼女の強さと繊細さを出したいと思います」
 渡邊とは初共演となるが、じつは渡邊はモナコのアカデミーに留学していたこともあり、ミモザとのコラボがどのように作用するのか非常に楽しみだ。
 
「<JAPON dance project>が回を重ねるたびに、自然とそれぞれの役割が決まってきた感じですね。あらすじの大枠は柳本くん、衣裳は私の方とか…それぞれ一人ずつできることを担当しています」
 
 適材適所の場で能力を発揮し、融合することでさらなるパワーと発想力を生み、才能ある者同士のコラボ作品は、今回も新たな感動をもたらしてくれることだろう。
 
「これからもクリエイティブな創作を続けていきたい。世界中の美術館で色々なアーティストとコラボしてパフォーマンスしたいですね。モナコのシャガールの美術展でパフォーマンスをしたときに、絵画とダンスの愛好家がお互い融合して楽しんでいる姿はとても嬉しかった。
 日本にはこんなに素晴らしいものがあるということもモナコに伝えていきたいですし、日本とモナコの架け橋になりたいですね。日本でも自分が得たものを自分の中だけで閉じ込めるのでなく、みんなとシェアしてゆきたいと思っています」

 

C)RYO OWADA

C)RYO OWADA

==プロフィール==

1998年よりフランス国立リヨン・コンセルヴァトアールに学び、首席にて卒業。 2001年スイスのジュネーブ・バレエ入団。2003年にモナコ公国モンテカルロ・バレエ団に移籍し、2005年最年少でソリスト、2010年プリンシパルに昇格。同年より、Le Logoscopeの舞台芸術部門のディレクションを務め、2016年からヴァイス・プレジデント(副社長)に赴任。2015年モナコ公国より日本人ダンサー初シュバリエ文化功労勲章を受賞。

公演情報

JAPON dance project 2018 × 新国立劇場バレエ団
「Summer/Night/Dream」
2018年8月25日(土)、26日(日)新国立劇場中劇場
http://www.nntt.jac.go.jp/dance/performance/33_011661.html