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INTERVIEW

原田薫Kaoru Harada

ダンサー・振付家

「これから何が待っているんだろうというワクワク」

15歳からフランスを拠点に活躍中のモナコ公国モンテカルロ・バレエ団プリンシパルの小池ミモザ。母が画家、父が建築家の両親を持ち幼いころからアーティスティックな環境に恵まれて育った。両親や知人が南フランスに在住していたこともあったが、活動拠点に選んだ大きな動機は背が高すぎることだった。176 センチのスラリとした長い手足とまっすぐな黒髪はひと際目を引く。

 来る2019年1月には、日本初演となるミュージカル『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』の振付・出演する原田薫のダンスライフ&ヒストリーに迫る。

迷いなき選択

 女の子ならバレエを習わせたいという母親に連れられ、モダンバレエ教室の扉を叩いたのが5歳のとき。
「モダンバレエ教室に見学をしたとき私は『やりたい』と言ったらしいです。4羽の白鳥も一度踊ったことがあります(笑)。そのお教室のレッスンは中学1年生まで続けていました」

 そこからジャズダンスとはどうつながっていったのだろうか。
「ベストヒットUSAのテレビ番組でマイケル・ジャクソンやジャネット・ジャクソンのPVを見て強い影響を受けました。そして、BDC(ブロードウェイ・ダンス・センター)というスタジオに出合い、ジャズダンスをはじめることになりました。
 そのスタジオ公演に出演していた黒人のダンサーがとにかくカッコよくて!マイケルのPVにも出演実績があるダンサーだったんです」

 憧れの黒人ダンサーのワークショップも受けることができ、初回のレッスンは非常に感動的だったのだろう。
「それが、ビックリするぐらいレッスンに付いていけなくて、これまで教わっていたダンスと全然違っていました。ノリというかフィーリングをまったく表現できなかった。あまりにできなさすぎてショックを受け、それから2,3カ月間レッスンに行くことができませんでした。本当に悔しかった」

 しかしながら、もう一度ダンスに向かい直そうと思いなおし、再びスタジオに向かうようになる。
「BDCにはプロダンサー養成のクラスがあり、それに通えるようになりたいという目標を持つようになりました。高校卒業後に大学に進学するかを考えたとき、ダンスレッスンの時間を持てるかがまず心配になって。高校3年生のときはダンスの道に進みたいと決めていたと思います」
 
 そこで運命を切り開くきっかけとなる友人と出会う。
「そのダンススタジオに通っていたある生徒と仲良くなったのですが、彼女がニューヨークに行くというのでいっしょに同行することになり、1か月間半滞在して色々なダンスクラスを受けました。プロ向けでない普通のレッスンなのに、みんなすごくて。とても刺激を受けました」

 その個人留学期間中に20歳の誕生日を迎えた。
「ニューヨークのダンス講師のダニエル・ティナッチに可愛がってもらいました。BDCの講師群たちが彼のことを慕っていたこともあって、ダニエルの紹介で念願のプロ養成クラスを受けられることになったんです」

 それ以降、毎年のようにニューヨークでレッスンを受け、スキルに磨きをかけた。そんなにもダンスに心を奪われたのはなぜだろう。
「なんでしょうね。ただ純粋にカッコ良さかな。職業にするという意識はあまりなかったんですが、ダンサーの道に進むことについてなんの不安もなかったですね」

新たなる欲望

 その後、次々にチャンスが舞い込むようになる。
 「私はラッキーなことにBDCに通い始めてから、当時放映していた『ダンスダンスダンス』の番組にレギュラー出演させてもらいました。その後、シンガーソングライターの渡辺美里さんのバックダンサーとして一般オーディションを受けて採用されたのが20歳の頃だったと思います。4年ぐらい続けていたのですが、自分を見てもらえるダンス公演に出たいという気持ちが沸いてきたんです」

 一方で悩みを抱えていた部分もあったという。
「BDC公演のキャストに選ばれないことが続いて悩んだ時期がありました。
今思えばテクニックに走り過ぎて、感情、表現力といった部分を重要視していなかったのが原因だったのかなと思いますが、頑張っていればきっと誰かが観ていてくれているという気持ちだけで20代は突き進んでいました」

 その願いの通り、新たな扉が開かれることになる。
「24歳のときにダンスインストラクターの依頼を頂き、そのスタジオの発表会で振付けた作品が、コンボイの創設者である今村ねずみさんの目に留まって、本公演の振付の仕事を頂くようになりました」

 そして30歳のとき、また新たなチャンスに恵まれる。
「教えていたクラスに上島幸夫さんが生徒として受けにいらっしゃったんです。ミュージカル界で振付・演出家として有名な方というのは後から知ったのですが、じつは偵察にいらしていたようで、彼の新作『デカダンス』のキャストに声がかかりました。嬉しかったですね」

 さらに、役者・歌手デビューを果たすことに!
「コンボイは男性だけのグループなので、羨ましい気持ちがどこかにあったと思います。女性が活躍できる舞台があったらいいなと。今村さんが出演者の隠れた才能を引き出してゆくのを傍から見ていて自分も演出されてみたいという思いがありました。
 そんなころ、『女性版のミュージカル・コンボイを開催するので受けてみないか?』と、声をかけて頂いてオーディションに挑みました。歌とお芝居の経験は全くなかったので、一から新たに頑張るつもりで必死でやりました。
 まさか自分がミュージカルに出るなんて思ってもみなかったのですが、ダンサーとして行き詰ったところを、声を出して表現することで表現者としてまた広がりました」
 本公演では振付も何曲か担当し、役者・歌い手初舞台で創作・出演を兼ねるという大役を見事に果たした。

解き放された瞬間

 そのほかで、ターニングポインとになった出演作品はというと?
「『ミュージカル・シカゴ』の日本公演で一般オーディションがあって、出演することになったのですが、創作過程は本当に勉強になりましたとにかく効率がいい。無駄がない。舞台セット変換があるわけでもなく小道具も最小限なのですが地味じゃない。それ以上に、緻密に計算されている舞台で感動して涙がでました。この公演に関われたのは素晴らしい経験でした。
 そして、振付師のゲイリー・クリストさんは60歳を超えていたと思うのですが、彼が、まーカッコいい!肩一つ動かす、ちょっとした視線などボブ・フォッシーのスタイルを忠実に継承されているんです。今でも『シカゴ』の振付しとして活躍されているのですが、私は彼にもすごく強く影響されました」

 じつは引っ込み思案だというが、殻を破ることができたのは振付・演出家の福井亜紀の自主公演に出演したことがきっかけとなった。
「私は石橋を叩いても中々渡らないと言われているのですが(笑)、亜紀さんの公演で自分に宛てて書いた手紙をリハーサルで出演者全員が読むという演出がありました。
 自分でもビックリしたんですが、すごく大きな声で泣きながら読んでいたんです。はじめて自分の心の内をぶちまけた経験だったのですが、それ以降、人前で自分をさらけ出すことが怖くなくなりました。
 亜紀さんからは『薫は潔い』と言っていただいて、大切にしている言葉です。気質的には引っ込み思案ですが(笑)、決めたら突き進むしかない」

 振付家としての創作過程は?
「まず曲を選ぶことから始まります。ジャンルを問わずですが、ドラマ性のある音楽を選ぶことが多いですね。いかに作品の世界観に惹きこませるか、目線、指先の動き、細かい点までダンサーに要求します」

 そして、2017年にトニー賞12部門にノミネートされ、日本初演となるミュージカル『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』に振付・出演する。
「ブロードウェイの舞台上演では、客席と一体型で面白いステージになっているんです。日本版でも一部そういうエリアが特設されて、飲みながら鑑賞できます。役者を至近距離で観れますよ。衣裳も時代背景を考慮していて且つ豪華なので、作品に溶け込みやすいと思います。
 トルストイの小説『戦争と平和』をもとにしている舞台ですが、音楽ジャンルはクラッシック的な要素ポップからまで現代と融合しているので、楽しめる作品になると思いますのでご期待ください」

 

C) RYO OHWADA

C) RYO OHWADA

==プロフィール==

5歳よりバレエを、16歳よりジャスダンスを始める。ダンサーとしてはもちろん、振付家としても安室奈美恵や渡辺美里コンサートツアー等、多数手掛ける。主な舞台出演作に、『CHICAGO』、地球ゴージャス『星の大地に降る涙』、『海盗セブン』、『BAD GIRLS meets BADBOYS』、『スウィート・チャリティ』。

公演情報

ミュージカル『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』
2019年1月5日(土)~27日(日)東京芸術劇場 プレイハウス
https://www.tohostage.com/thegreatcomet/