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INTERVIEW

佐東利穂子Sato Rihoko

ダンサー

「もっと踊りたい」

幼年時代は父親の転勤で6歳から10歳まで英国に移住、中学校も3年間を米国で過ごした経験から、周囲は語学に関する仕事をするものと思っていたようだが、「身体を使った“何か“をしてみたい」と感じていたというダンサー・佐東利穂子。2018年3月に文部科学省より芸術選奨(舞踊部門)文部科学大臣賞を受賞。「身体を使って表現するアーティストとして未踏の領域に入ったと言うことができる」と絶賛される。

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 この受賞について佐東は、「いわゆる足が上がる、高く飛べるというタイプのダンサーではないが、そういう風に見てくれる方がいらっしゃるのは有難いです。嬉しい」と控えめに語るが、2018年12月に東京芸術劇場で開催された「月に憑かれたピエロ」「ロスト・イン・ダンス―抒情組曲―」でも圧倒的な存在感をみせた。勅使川原三郎とのダンスパートナーとしての20年間、これまでのダンスライフなどについて語ってくれた。

音楽と向き合う

 その「ロスト・イン・ダンス」では、ほぼソロの20分以上に渡るステージだったが、スピードも衰えないどころか、ますます加速していくようなパワーはまさに圧巻。踊っている最中はどんな感情を抱いていたのだろうか?

  「感情というより、流れを止めないことに意識が向いていました。踊り続けて自分を見失うというのがテーマでもありました。動きながら考え、持続していく感覚です。長時間踊るためには力を抜かなくてはできない。身体の重さを利用するようなスキルも必要かもしれません」
 そして、音楽との関わりがとても重要と語る。
  「細い線が絡み合うような楽曲だったり、音楽も様々変化します。ぴったり寄り添うだけでなく、音楽と絡み合う感覚、ちょっと距離を保ちながら動く感覚、または音楽と遊ぶような感覚を持つときもあります。音楽と合わせてというよりも、見えるものと具体的に関わるような感覚です」

 ”勅使川原メソッド”とリハーサルのプロセスについても伺いたい。
 「メソッドには動きの形があるのではなく、力を抜くこと、どのように自分の身体を扱うのかを学んでいきます。音楽をどう捉えるか、音楽との関わり方をリハーサルで探求します。動きのひとつ一つを振付する形でなく、『もっとこういう感じにしてみたらどうだろう』といったアドバイスをもらいます。劇場の広さによって空間的にも異なってくるので、そこでも調整もします。
 勅使川原さんには、思ったことをなんでも言うようにしています。学んでいる身だから指示を仰ぐというのではなく、物事に対してお互いに疑問を持つようにしています。それを話し合うことで、創作のきっかけになり、じゃあもう一度よく見て見ようというプロセスの始まりになるんです」

 そういった疑問がこれまでの固定観念を打破してゆくのだろう。サミュエル・ベケットの戯曲を原作とする2015年の公演『ゴドーを待ちながら』の演出には正直驚かされた。勅使川原氏が喋り(録音)パフォーマンスする中で、佐東はその1時間の間、観客を背にして立ち続けたのである。
 「踊るということは、動くだけではないと思っています。身体のあり方自体をさぐる。存在の仕方を変えること自体も私にとってのダンスです。そこで求められていることがなんなのか。それ自体を探る。そこから感じることがあれば動く、あるいは動かない選択をする。
 『ゴドーを待ちながら』も、あの演出が最初から決まっていたわけではなく、リハーサルでまず立っているところからはじめてみようから試行錯誤して決まりました。でもじつは、1時間の間に少しずつ身体の向きが変わっていたんですよ」

非日常的な必然性

 「カラス・アパラタスで定期的に公演するようになってから、ますます踊りが面白くなって来ています。『トリスタン~』もそうですが、ここでの創作が原点となり、公演を繰り返すことで作品もダンスも成長していく喜びがあります」

 佐東利穂子にとって踊ることとは?
「非日常だと思う。自分にとって必要な非日常。それによってしか出合えない感覚です。
身体を動かすことが目的でなく、踊ることによって発見することがある。ある意味特別な空間を創ることができる。それが求めていることなのではないかと思います。身体のあり方を探るのがすごく面白い。
 踊ると必ず何かが起こるんです。自分が予期していることでなく、何かをいつも発見するようなその新鮮さは何年踊っていても変わらない。身体が空っぽになれるという感覚。自分にとって毎回新しく感じられる」

身体が変化してゆくことが楽しいと語っているが、その先に目指すものはなんだろうか。
「身体そのものは変わらないかもしれませんが、踊り方によって身体の持っている質感、輪郭だけで観ていた形と違うものが表われてくる。それが面白い。身体からも想像力がでてくる。そういう感覚が楽しいし、とても豊かなことだと思います。
 常に良いもの、美しいものに出合いたいという想いがあります。そのためにいかようにでも自分の身体を変化させられるようでありたい。そのために日頃身体の感覚を研ぎ澄ましておくことが大事だと思っています」

 勅使川原氏との20年以上に及ぶ活動の中で、支えになっている言葉はあるのだろうか。
「2つあります。ダンスを始めた20代前半の頃は、気持ちがあっても身体が思うようには動けない。その苛立ちがかなりありました。そんなとき、勅使川原さんに、『思い・身体・技術が一致しないといけない』と教えられ、あぁ、私には今、時間が必要なんだなと冷静になれました。そのために稽古する必要があると納得できたんです。
 そして、『これから先にはもっと楽しいことがあるんだよ』という言葉も支えになっています。これからもとても楽しみですし、常に変わらない言葉として今もある。だから踊りをやめられないんです(笑)」

尽きない欲望

 数年前に「もっと踊れたらどうなるだろう」と語っていたが、いまではどう感じているのだろうか?
 「まだまだです。『もっと』というのは常に終わらない目標としてあります。思いと身体が少しずつ一致してきたとして、さらに欲が深くなる。もっと滑らかに踊れるようになりたいとか、願望は尽きません」

 今後さらに追求してみたいことは?
 「人間の感情や心の動きに興味があります。言葉にできない気持ち、言葉に表せない感情が身体から生まれてくることってありますよね。
そのことにとても興味があります。呼吸するような感情を音楽の中に強く感じることがあります。音楽から力が生まれてくるポジティブな感覚。それをもっと追求していきたい」

2019年にはイタリアのダンスカンパニーへの振付を担うことが決定している。
「そういう機会をいただけるのは有り難いと思います。作品を創る側に立つことで、別の目で踊りを見つめることができる。そうなったときに自分はどう感じるんだろう。その時々の感じる身体と向き合っていくことが、進化しつづけてゆくことなんです」

 2019年2月には佐東利穂子のソロ公演『ハリー』の再演が決定した。小説「ソラリス」をモチーフにした勅使川原氏の2015年の初演作品である。
 「ハリーは、人間の形をしているけど本物の人間ではない設定です。自分はコピーでしかないにも関わらず、自分の存在を自分では消すことができないという運命を背負っています。現実的ではない設定だけど、そこには共感できる部分がある。
 人は、自分自身の存在が希薄に感じられたり、消えてしまいたいと絶望するときがあると思うんです。だからこそ、そんな危うい存在が共感できる。ダンスのテーマとしても合っていると思います。再演は、今の私の身体のあり方、感じ方を試すことにもなるのですごく楽しみです」

C)RYO OHWADA

C)RYO OHWADA

==プロフィール==

1995年からKARASワークショップに参加。1996年より勅使川原三郎の全グループ作品に出演。勅使川原作品の振付・演出助手も務めており、KARAS作品のみならず「闇は黒い馬を隠す」(パリ・オペラ座バレエ団)等の他舞踊団への振付作品でもダンス・ミストレスの役割を担う。 2005年ローマ初演の「Scream and Whisper」で仏・伊のダンス誌「Ballet2000」の2005年度年間最優秀ダンサー賞。2007年「消息」で日本ダンスフォーラム賞。2012年第40回レオニード・マシーン賞を日本人として初めて受賞。2015年「ミズトイノリ」で舞踊批評家協会賞新人賞。

 

公演情報

Update dance #58『ハリー』
2019年1月28日(月)~31(木)、2月2日(土)~5日(火)
http://www.st-karas.com/