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INTERVIEW

山田うんYamada Un

ダンサー・振付家

「失うものがないので不安もない」

 ダンスをはじめる前は水泳や体操のジュニア大会に出場する運動神経万能な女の子だったが、中学1年生のときに、関節が壊れていく慢性関節リウマチを発症。その病気の進行を少しでも防ぐために始めたのがダンスだった。「動かないとどんどん動かなくなる」という壮絶な状況でプロになったダンサーは世界中探しても、おそらく彼女しかいないだろう。唯一無二のダンサー・振付家の山田うんに、ダンサーライフについてじっくり伺った。

”うん”の由来

 継続的に通っていたバレエ教室はあくまでも病気の進行を遅くできないかという目的で、ダンスを職業として考えたことはなかった。それが突如、大学卒業後に勤めていた金融関係の会社を急遽辞め、直感でニューヨークへダンス留学に飛び立つ。
「不安はなかったですね。積み上げてきたものは何もなかったので。ダンサーとして生きていけるとかも考えたこともなかったです。私ごとき人が人様に踊りを見せて食べていけるとは思っていなかった。普通のOLがダンサーになったんだから、これからも、きっとできないことはない。やったことがないから不安がない。あるいは、分かっていないから不安がないんだと思います」 
 この強靱な精神力は、山田うんの父親の教育法が多少なりとも影響しているのかもしれない。

「家族で海水浴場に行くと、まだ幼い私に『見えないところまで泳いで行ってこーい!』という父だったんですよ。アクロバットも教えてくれたのも父でしたし、怖がる前に経験させるという教育方針だったんだと思います。両親には感謝しています。
子供のころの夢は、漠然と何か作りたい。それを売りたいという思いがありました。それが野菜なのか、小説なのか何なのかわからなかったんですが、たまたま運動することと頭を使うことに、ダンスと振付がマッチングしたんだと思います」

 育ち方もユニークながら「うん」という名前もオリジナリティがある。
「中学生のころ、バレエ教室のお稽古場でふてぶてしく『うん』しか言わなかったので、そのうち『うんちゃん』とみんなに言われ始めて、だんだん定着していきました。 でも、『うん』というひらがな表記も気に入っているんです。『ん』の線は天から斜めに降りてきて地面に着地すると弾んでまた天に向かう。ダンスっぽいでしょ?それに男性でも女性でもない響き。それで『うん』にしました」

新しいスタート

 同年、ダンス留学生としてフランスに招待され、1 年後にはフランスでカンパニーを立ち上げないかと誘われる。

「当時は、私のようなスタイルの作品を作る人がいなかったからだと思います。舞踏のような動きでありながらの高速な動き。バレエのスキルをベースにしつつもそれを見せる手法ではない。その一方で、音楽の構造や計算された空間構成などを見せるようにしていたので、未熟だけど新しい領域に挑戦している身体表現と受け入れられたんだと思います。日本で活動したいと思ったのは、日本の文化を自国に戻って日本語で勉強し直したかったからです」

 帰国後の2002年、自身のダンスカンパニー「Co.山田うん」を設立する。
「ターニングポイントとなった舞台は『春の祭典』です。それまでは、客席200人規模での劇場公演が多かったんですが、2階席のある1000人以上のホールでの新作公演でした。
 大きなホール特有のダイナミズムが重要となりますが、同時に繊細さも要求される。それまでは、『日常的なサイズの動き』という方向性だったのが、ダンサーをより舞踊的な身体に育成しなくてはいけないことに直面したので、私もダンサー自身も大きな成長になったと思います」 

 

 自身が出演した中でもっとも印象に残る舞台は?
「2012年に上演した『季節のない街』です。振付が決まっている場面と即興シーンが共存している作品です。私はソロかデュオでの出演しかしないのですが、大勢のダンサーと出演している唯一の舞台なのです。本番中にダンサー同士で取っ組み合いのケンカのようなアクションや遊びを起こすという演出で、リハーサル中から本気で体当たりしました。『こういう状態であなたはどうする?』を貫く意図がありました」

 無謀な挑戦とも思えるが、その狙いは?
「無理難題を与えたときに生み出される踊りは、崖っぷちで晴らしい踊りだったりします。すべてのダンサーが与えた振付を踊った方がよいわけではありません。では、何をいつどう与えれば踊れるか?動けるか?ダンサーそれぞれの性格や経験から、事故のような偶然の力を用いて色々なものを引き出したいという気持ちがありました。作品のクリエイションから本番までの間で怪我をさせてしまったり、気持ちを傷つけたりしたこともありました。それらは苦くて愛おしい、語りきれない時間です」

 自身をダンサー・振付家としてどう見ているのだろうか。
「ダンサーとしては、エネルギーが有り余っていて色々とうまくコントロールできてません。(笑)。振付家としては、ないものを創りたい、見たことがないものを見たいと思いながらも平凡なものしか作れていないと思っています。
私以外のダンサーはみんな素敵です。特にカンパニーのダンサーはかつていた人も今いる人も本当に素晴らしい。私は唯一ハズレ者だと思っています。 亡くなった舞踊家では、黒沢美香さん、ピナ・ヴァウシュ、トリシャ・ブラウンが好きです。一つの動きに色々な感情が何層にもあって、シンプルな動きであればあるほどダイナミックな風景が見えます」 

斬新な企画

 2020年1月10日から、新作『NIPPON ・CHA!CHA!CHA!』の公演がスタートする。
「本作の誕生は、如月小春の傑作戯曲「NIPPON・ CHA!CHA!CHA!」との出会いがきっかけです。これを読んで、私は生まれて初めて「演劇を作りたい」と思いました。そして私の頭の中で色々な立場や色々な意見を持つ私が話し合いをしまして(笑)、演劇とダンスの二本立てでやらせていただいと提案させてもらいました。 「オリンピックがキーワードとなって展開する作品ですが、戯曲を読んで、どこもカットすべきでないと思い、演劇版はほぼ原作通りに進めます。ダンスの方は戯曲の雰囲気を保ちながら、現代に置き換えて創作します」

 本作では役者デビューも果たす。
「演劇版では私はバーのママ役として出演したり歌を歌ったりします! 一度聴いたら忘れられない懐かしい音楽に仕上がっています。戯中には如月さん独特のユーモラスな歌詞があり、音楽家のヲノサトルさんにメロディーをつけてもらいました。ヲノさんが参加している昭和歌謡とムード音楽バンド『ブラック・ベルベッツ』の生演奏です。演劇とダンス版では180度振り幅があるような作品になるかと思います」

 同じテーマで、演劇とダンス版の二本立ては非常に斬新だ。
「演劇ファンの方がダンスファンより多いといわれていますよね。それはなぜ?知りたいからこちらから近寄ってみよう!演劇ファンにもダンスを!ダンスファンにも演劇を!という思いもあります(笑)。如月小春さんの名作を手掛けるなんて私には恐れ多いのですが、OLがダンサーになったので、振付家が創る演劇があってもいい(笑)」

 今後やりたいことは?
「もっと踊りがマシになりたいですね(笑)。ダンスが若い人だけのものではなく、歳を重ねても長く踊っていける価値も創ってゆきたいですし、振付家・演出家としてもっと成長したい。来年の新作、再来年の新作、と、まだまだどんどんダンスのクリエイションに力を注ぎ、多くの人々が感動、共感できる動き、言葉にならない姿、形を届け、”踊りを観ること”を人々になくてはならないものとして説得力のある存在にしたい。
 ダンス以外でもオペラや音楽劇、合唱劇などの演出や演劇にももっと深く関わってみたいし、物語を書いたりもしてみたいですね。それも多くの人に届く”無形”を作りたい、ということの延長です。未来の子供達や若者のためにももっと未来が楽しみになるような種を撒きたい。踊りや振付の思考を通して、言葉を扱って。やりたいことがいっぱいあるので200歳ぐらいまで生きないと足りないぐらい(笑)。

 鉄は鉄をもって研磨する、という言葉があります。志が高い若いカンパニーダンサー達をさらに磨き、互いに切磋琢磨してゆきながら彼等の未来の基になりたいです。日本人としての身体性と精神性に誇りがもてるような。もちろんダンスカンパニーだけじゃない。今一緒に舞台を作っている『NIPPON・CHA!CHA!CHA!』のメンバーはもちろんですが、若手ダンサーには、父が幼い私に言ってくれたように、私よりずっと遠くへいってほしいと思っています」

 

==プロフィール==

器械体操、バレエ、舞踏などを経験し、1996年から振付家として活動を始める。98年からはソロダンサーとしても活躍。ダンス活動と併行して、横浜STスポットにて若手ダンサーのためのダンスプログラムの企画実行や、1999年文化庁派遣国内インターンシップ研修員として国内のダンス状況をリサーチする。2000年横浜ダンスコレクション・ソロ×デュオコンペティションにおいて「若手振付家のための在日フランス大使館賞」を受賞し渡仏。 2002年ダンスカンパニー“Co.山田うん” 設立。オペラ、演劇、アニメの振付や、世界各国のダンサー・振付家の育成を行うと同時に、ウィットに富んだソロパフォーマーとしても活躍中。第8回日本ダンスフォーラム大賞、平成26年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。平成28年度文化庁文化交流使として11カ国23都市を訪問。

公演情報

KAAT DANCE SERIES2019『NIPPON・CHA!CHA!CHA!』
2020年1月10日(金)~19(日)KAAT神奈川芸術劇場大スタジオ
https://www.kaat.jp/d/chachacha2